番外編 乙女は苦悩する



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 町はすっかりクリスマスカラーである。
 一ヶ月前の狂乱が嘘のように九十九市は日常を取り戻していた。とはいえ、町の一角で謎の体調不良事件が起こったり、突如として事故が多発する交差点が現れ人知れず消えたりと、町中がすっかり知る人ぞ知る<Iカルトスポットになっていた。
「……見えない」
 そう言って首をかしげるのは刻子である。よくないモノがいるのではないかと探してみるが、違和感を覚えても視覚で捕らえることができないのだ。
「ときちゃんもとうとう大人になったってことだね!」
「笹岡、卑猥な言い方するな」
 金之助がほろりとする佐々子の額に軽く手刀を入れた。
「なにをするんだ、金ちゃん! ときちゃんの力は子どもの頃だけなんだぞ。使えなくなったってことは、お赤飯の出番じゃないか!」
「役目が終わったとか、もっと言い方あるだろうが!」
 学校帰り、三人で繁華街を歩いていたら、相変わらずのテンションの高さで落ち込むタイミングすら奪われてしまう。
「役目、か」
 あの騒乱で、一体なにができたのだろう。怪異は倒せず、白旺と半神を犠牲にし、水狐も、古賀の娘も、誰一人守ることができなかった。
 それなのに――。
 パアンッと大きな音がして、刻子はわれに返る。
「ってえなあ! なにするんだよ!?」
「知らないのか、金ちゃん。背中を叩くと悪霊を祓うことができるんだよ!?」
「そうじゃなくて! いきなり叩くなよ!」
「人が多いと憑かれやすくなるじゃないか。そして出るんだよ、金ちゃんお得意の霊障が!」
「だから技みたいに言うなって。……って、あれ、山際じゃないか?」
 金之助が指さしたのは、ドラッグストアの駐車場にいる雅だった。虫でもいるのか、アスファルトをぐりぐりと踏みにじっている。
「本当だ。雅くーん! って、薄着だけど寒くない!?」
 長袖とはいえ真冬に着るのは厳しそうなランニングシャツに、タイツとジョギング用のパンツを合わせただけの雅の軽装に、佐々子がぎょっとしている。
「お帰りなさい。走ってるとそれほど寒くないですよ」
 雅は笑いながら首に巻いていたタオルで汗をぬぐう。その姿に佐々子が小首をかしげた。
「雅くん、なんか大人っぽくなった?」
「え?」
「身長伸びた? 声も低くなってるよね? いやでも、一番変わったのは雰囲気かな。なんか前より落ち着いた感じ」
「――そうですか?」
 確かにここしばらくの彼の変化はめざましい。以前は美少年と表現して差し支えないほど可憐な容姿だったのに、今はそれに精悍さが加わっている。細身なのは以前と変わらないのに、佐々子の言う通り、雰囲気がガラリと変わったのだ。
「ふ、ふ、ふ、ふ。お赤飯かい? お赤飯の出番なのかい?」
 手をワキワキさせる佐々子に雅がたじろぐと、金之助が自分のマフラーをはずしてさっと佐々子の首に巻いた。そのままずるずると佐々子をひっぱっていく。
「お前はどこのおばちゃんだ。行くぞ」
 ふっと思い出したように足を止め、金之助が振り返った。
「頑張れよ」
 短いエールに雅は目を丸くして、すぐに破顔して「はい」とうなずいた。
「せっかくだし店に入るか! 弟たちにプレゼント買ってやらないとなあ」
「なに!? 私にプレゼント!?」
「笹岡の耳は飾りか? いつお前が俺の弟になったんだよ?」
 ぎゃあぎゃあと言いながら歩いて行く佐々子と金之助の背を追った刻子は、途中で立ち止まってくるりと振り返り雅に手をふった。「あとからお店に行くね」と唇の動きだけで伝えられ、うなずいてから佐々子たちの隣に並んだ。