空き家はたくさんあった。
 その一軒を宿に決め、シャベルをかついで街中を闊歩する。
 途中で昨日の少女が小走りでついてきた。
 包帯が増えている気がする。
 すこしびっこをひくようにしてついてくるもんだから、なんとなく気になって歩く速度を落とした。
「なぁあんた!」
 適当に目算をつけてシャベルを大地に突き刺すと、男の声が遠慮がちにかけられる。
「なに?」
 黙々と掘りながら口だけ動かすと、男は一瞬だけ沈黙してすぐに言葉を続けた。
「ロードランナーだろ?」
 そう問いかけられ、オレはようやく手を止めた。
 なんだよ、交渉したいなら初めからそう言えよ。
 オレは井戸掘りに忙しい――とは言わずに、視線だけを投げた。青いシャツを着た線の細い男が汗をふきながら立っていた。
 その向こうには、じっとこちらを伺う少女の姿があった。
 ……何してるんだ、あの子。
 ただ立ち尽くすその姿を視界にとどめながら、オレは男と向き合う。
「近くに、グループが来てるって噂を聞くんだ」
 言葉を探すように男が語る。
 この場合のグループは、賊を指す。荒野を徘徊して食料や水を根こそぎ奪っていく集団は、年々確実に増えている。
 そいつらに目をつけられたら、町なんてあっという間に干上がっちまう。
 それを事前に食い止めるのがロードランナーの仕事。まぁオレも、町がなくちゃ生きていけないから協力はするけどね。
「いくつグループが来てるか、知りたい」
 男は緊張した声で告げた。
「交渉のしかたも?」
「できれば」
 ぎこちなく頷く。ああこりゃ、修羅場くぐった事ないってタイプだな。大丈夫かよ。
 あんまりにも不安そうな顔をするから、こっちも適当にあしらう事ができなくて丁寧に説明をしてやった。
 オレが持つのは知識だけだ。グループの規模や、趣向、考え方や行動――そこから、交渉のときに役に立つ知識を情報として提供する。
 けどこれは、ただ噂話をかき集めただけのハリボテの情報じゃない。
 場合によっちゃ、グループの中に入り込んで顔を売る事だってする。
 やりすぎで始末された仲間もいた。
 オレは幸い、交渉は得意だからいまだに生きてるけど、運が悪ければとっくに死んでたんだろうなぁ。
 感慨深げに過去を思い出しながら、ポケットを探った。
 ひとつ厄介なグループが近くにいる。
 目をつけられたら、たぶん町が干上がるどころの騒ぎじゃなくなりそうなタチの悪い奴ら。
 オレはポケットから取り出したコインを確認すると、男の手に握らせた。
「骸骨のシンボル見つけたらそれ見せて、ルゼの落し物だって言ってみな。一回くらいなら見逃してくれる」
「――ルゼ」
 男は口の中でもごもごと繰り返し、思い当たったようにオレを凝視した。
「じゃあ、あんた……」
 手の中のコインをそれとわかるほどきつく握り締めたその顔には、驚きと安堵が見え隠れしていた。
 ロードランナーにはいくつかのランク付けがある。
 それは交渉時に役に立つ情報の多さであり、その出所――加えて、信用の高さ。
 自慢じゃないが、嘘なんてただ一度もついた事のないオレの情報はそれだけで価値が出る。
「なにが欲しい?」
 男は一瞬考えてからそう口を開いた。
 上質の情報には高額の請求があると、そう覚悟している顔だった。
「んじゃ、滞在中の水と食料、次の町までの地図、そこにつくまでに必要な水と食料――少し余分に出してくれると助かる」
 また迷っちゃかなわないし。
 心の中で苦笑して続けると、男は目を丸くした。
「それだけで?」
 いいのかと、言いたいらしい。ったく、最近ロードランナーって威張りすぎなんじゃないの?
 きっと無理難題押し付ける奴が多いんだろうな。
 一人旅なんだから荷物が増えても困るし、貴重な時間を遊んでいるのはもったいないとは思ったが、それは言わずにシャベルを握りなおした。
「それだけでいいよ。よろしく」
 オレの言葉を聞いて、男は心底安堵したように大きく息を吐き出した。

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