【五】
提出された書類に視線を走らせ、アーサーは眉をひそめた。
「シャドー、これは?」
自分以外は誰もいないはずの執務室に静かに問いかけると、ご覧の通りです、とにべもなく言葉が返ってくる。
「許可された経路での薬物は規定量のみ搬入出され、調合師の身元はすべて確認が取れました。イーサ、レリャン間の抗争については現在調査中です」
「……
「いえ。この場合の可能性は」
「わかってる」
シャドーの言葉を短くさえぎり、アーサーは息をつく。正規のルートで異常がなければ、薬物はそれ以外の方法で国内に持ち込まれたと言うことだ。もともと取り締まると言っても機械に通すわけでも麻薬探査犬がいるわけでもない。あくまで人の目と勘で判断せねばならない状況で、しかも、どんな方法でも容易に荷が流通するような造りになっている国なのだから、取り締まろうと言うほうがどだい無理な話だった。
「参ったな」
いったん持ち上げた書類の束をぞんざいに机の上に投げる。薬物の取り締まりが困難であることは想像していたが、それをはるかに上回るほど現状はやっかいだった。しかし、幸いなことにいまの所は被害報告がアーサーの元まで届いていない。不信なことがあれば、もらさず報告しろと厳命していた生活保安課からの通達がないところを見ると、まだ表面化していないと考えるのが順当だ。
「……敵がうまく隠している可能性も無きにしも非ず、か」
そう考え、溜め息をついて時計を確認し立ち上がった。そのままドアへ向かい、シャドーに珍しく名を呼ばれたことに首を傾げながらドアを勢いよく開けた。
ノブを握った手に軽い衝撃が来て、何かがぶつかる鈍い音と悲鳴が耳に届く。
アーサーは思わずドアを閉め、伏せた顔を片手でおおった。
「アーサー様、……外に」
「わかってる」
もう一度シャドーの言葉をさえぎって彼はドアを見た。アーサーは基本的に決められた日程を時間区切りできっちりとこなし、時間がおしてもずるずるとひとつのことに取り組んだりはしない。逆に、仕事に早くきりがついたときはあっさりと席を立つ。そんな時間区切りの生活を繰り返す王は次の予定がはっきりとわかっているので、あえて仕事の邪魔となるような来訪が職務室にあるのは希少の部類となる。
しかし、相手はそんな常識などお構いなしだ。
軽く息を吐き出し、アーサーは閉じたドアをふたたび押し開いた。今度はおかしな衝撃はなく、代わりに廊下の真ん中でしゃがみこんで床を忙しなく叩く少女の姿を目にする。どうやら相当に痛いらしい。声にならない悲鳴をあげながら高速で床を連打する少女に王女の威厳など欠片もなく、それが妙にツボにはまってアーサーはこらえきれずに噴き出した。
真っ赤になった鼻を押さえてカトリーナが顔をあげたのに気付いて慌てて笑いをひっこめたが、涙の一杯たまった目で見つめられるとどうにも我慢ができなくなって顔をそむける。
しかし、ここは紳士的に一声かける場面だ。笑いをかみ殺すのに精一杯というのは淑女に対して失礼極まりない。小刻みに肩を揺らしながら、アーサーはしゃがみ込んだ。
「大丈夫か、カトリーナ」
「平気です!」
真っ赤な鼻以上に赤くなってカトリーナがおかしな声で返答する。ふっと笑いが漏れた――次の瞬間、ぱたりと床に赤い花が咲いたのを見て、アーサーは両手を差し出して彼女を抱き上げた。
「陛下!?」
驚く彼女を無視して執務室に戻り、革張りの長椅子の上に寝かせると清潔な布で鼻を押さえるように指示する。いつの間にか不謹慎な笑いは跡形もなく消えていた。
「……へんな味がする……」
「ああ、鼻血が」
「は、鼻血……!?」
赤くなる布を見て、カトリーナのほうがぎょっとしている。そして頬を紅潮させて低く呻いた。
「みっともないわ」
「そういう問題じゃない」
「だって」
「オレの不注意だ。他に痛むところは? 医務室に行くか?」
「そんな大怪我じゃありません」
即答に安堵し、アーサーは恥ずかしがって顔を隠す彼女に背を向けるように床に座り込んだ。以前はよくこうしてどこでも好きな所に腰をおろしていたが、地位を得てからは極力ひかえていたことを思い出す。
長椅子を背もたれがわりにしていると、するりと髪を撫でる感触があった。
「あ、白髪」
もごもごと鼻にかかった言葉が聞こえる。一介の少年が傾いた国を押し付けられ、一時期などは寝る間も惜しんで机にかじりつくようにして職務をこなしてきたのだ。白髪だって生えてくる。だいたい、三十も半ばに差し掛かっているのだから、十七歳の少女から見れば充分に「おじさん」なのだ。
不釣合いだなと苦笑いすると、むんずと髪をつかまれた。
「抜きましょうか、白髪!」
「抜くな、貴重な髪を」
「でも、白髪が!」
「毛根が傷んだら白髪が増えるだけだ」
「毛根?」
「……とにかく、厚意はありがたいが遠慮する」
きっぱり断ると残念そうな唸り声が返ってきた。幸いまだ頭髪を気にするほど薄くなっておらず、両親とも剛毛の家系であるから大丈夫だとは思うが、万が一という事も考えられる。
アーサーはカトリーナの手を振り払って立ち上がり、残念そうに見上げる彼女をちらりと見やってから身をかがめた。
「止まったか?」
至近距離で問いかけるとカトリーナの顔が先刻よりもはるかに赤くなった。どもりながらも大丈夫だと返す彼女に意地悪な笑みをむけ、しばらくそこで休んでいろと声をかけて歩き出す。
そして、くぐもった大声で呼び止められて振り返った。
「昼食をごいっしょにいかがですか?」
鼻を押さえたままの情けない姿での誘いに笑みをこぼしてアーサーは頷いた。
「わかった。たまには中庭で食べるか?」
「はい!」
元気のいい返事とともにカトリーナは拳を小さく握る。嬉々としたその表情にもう一度小さく笑んで、アーサーは彼女を残して執務室を後にした。
知らずに笑いが込み上げてくる。よく動く表情に予想外の行動、そして気持ちがいいくらいストレートな反応が妙に心地よい。なんとなく苦手な気がして避ける事もあるのだが、同時に、ずっと忘れていた何かがゆっくりと目覚めていくような不思議な感覚もあり、彼女と接していると奇妙な胸騒ぎさえ起こってくる。
確か、初めて会ったときに感じたものと同じ――。
そう彼が気付いた直後、低いささやき声が耳朶を打った。
「まるでフィリシア様のようだな」
久しぶりに聞く懐かしい名にアーサーの足がとまる。後悔と自責の念とともに思い出す名は、残り火となっていつも胸の奥をチリチリと焼いている。あれから、あの動乱からすでに十七年もの歳月が流れているのだ。それなのに、あの時の絶望と悲しみはいまも鮮明に蘇って彼を
悪夢は途切れても、現実は繋がっている。
人の臓腑をゆっくりとえぐる感触は、おそらく一生忘れることなどできないだろう。
「なんのことだ?」
別の声が問いかける。己の手を茫然と眺めていたアーサーは、我にかえって足を踏み出した。
「カトリーナ様だ。似ていると思わないか、フィリシア様に」
その一言は、後頭部を殴られたかと思うほどの衝撃があった。予期せぬ言葉に思考が鈍くなる。
だが、違う、と彼の心が絶叫していた。
やることなすことすべてが突飛で、目を離せば何をしでかすのかひどく不安になる。沈んでいる時もそれを悟られまいと明るく振舞い、誰かが困っていると見捨てておけず、厄介ごとばかりを抱え込む。頭が悪いわけではないのに勉強が嫌いで、不器用ではないが大雑把なところが多く、性格は真逆といってもいいくらいなのに、それでも、知らずに彼の心に住みついた大切な――。
「……っ」
アーサーは右手に広がる通路を見た。初老の男が二人、密談でもするように顔を突き合わせて話し合っている姿が目に入ってくる。
「似てるな、確かに。ミランダ様のほうが好ましいが、致し方ない」
「ああ。そろそろ世継ぎが欲しいところだ。誰でもいい、ぜひ成婚までこぎつけたい所だな。イーサとレリャンの件もあるし、なにが起こるかわからん。もしもの時のためにも――」
ときに逃げ出したくなるほどまっすぐな好意を寄せてくる、あの姿勢はフィリシアのものではない。
そう、似ているのはフィリシアではない。無意識にカトリーナに重ねたのは、失ったはずの大切な少女の面影ではなかったのか。
はじめて気付いた疑念に言葉を失い男たちを凝視していると、彼らはようやくアーサーに気付いて息をのんだ。
「あ、こ、これは……」
色を失い言葉を探す男たちから視線をそらし、アーサーは足早に長い廊下を渡る。
喉の奥が乾く。ごわごわとするほど干上がったその感覚に、彼はようやく自分が動揺していることを自覚した。
精力的に歩き回るカトリーナの噂は嫌でもアーサーの耳にも入ってきた。
王女らしくない王女。好奇心が旺盛で城中を駆け回り、アーサーが会議に出ているとドアの前で待ち伏せさえするその姿は、恥じらいという言葉すら霞ませる。寝室まで押しかけてくるのに呆れたこともある。けれどすべてはなぜか好意的に解釈され、気付けばごく普通に言葉を交わすようになった。
その行動自体に深い意味はなかったはずだ。
カトリーナとミランダは、他の姫君同様に同じ立場であり、それ以上ではない。そう思っていた。しかし、いまだ忘れることのできない過去の思い出を知らぬ間に呪縛として身にまとっていた自分は、途切れてしまった夢のつづきを求め、無自覚のうちに誰かを身代わりにしてきたのではないのか。
アーサーは通用口から城の外へ出て裏手に広がる森を目指す。
あたたかい日差しとは裏腹に背筋が冷えていく。
なにもない「悪夢」から目覚めたあとに一番はじめに捜していたのは、まだこの国に来て日が浅い、異国の少女だった。
「オレは……!」
自分が何をしていたのか、なにをしようとしていたのかを考えると吐き気さえ覚えた。
多くの人々をあざむき、これからも欺き続けなければいけないのは、生き残ることを選んだ己に
最小限の被害にとどめられたといわれる十七年前のあの動乱で、それでも多くの人間が命を落としたことを彼は知っている。復興するまでのあいだに死んでいった子供たちの人数は国さえ把握していない。
理由がどうであれ、罪は償われるべきものなのだ。どれほど時間をかけてでも。そして同時に、それに時効など存在しない。誰が許しても、彼だけは大国を破滅へと導いた己のあやまちを忘れることはない。
そんな人間が、罪人である男が、純粋に好意をよせてくる娘を――。
なにも知らない娘を死んだ恋人の身代わりにそばにおくなど。
「身のほどを知れ」
呻くような叱責がもれた。自分の軽薄さに反吐が出る。どんな権利があって傲慢この上ない暴挙にでる気なのだと、彼は自身を激しく嫌悪した。
眩暈がした。
すべての和を乱したことへの償いのため、自己を捨てる覚悟でこの地位を受け入れたにもかかわらず、まだ無意識に安息を求めようとするのがひどく不快だった。
ぎりぎりと奥歯を噛みしめ、森の中をがむしゃらに突き進む。ここ数日で、カトリーナから向けられる好意は裏などまったくない純粋なものであるのを知った。だからこそ、自分が抱く想いが利己主義でひどく歪んでいるのがわかる。
苛立ちがおさまらないまま森を進むと足を木の根に取られ、上体が大きく崩れてとっさに木からぶら下がっている蔦を掴んだ。一瞬だけ持ち直すかと思った体は、結局、ゆるんだ蔦ごと草の中に勢いよく埋もれた。この年で盛大に転ぶとは思いもよらなかったアーサーは、大地に伏せたままどこに八つ当たりしていいのかわからずしばらく間近に迫る草と土のにおいに包まれていた。
不意に自嘲がもれた。
想いが純粋だろうが自己中心的だろうが、はじめから応じる気がないのならこんなことで悩む必要などない――だが、もしカトリーナを美奈子の代わりに愛するなら、それは最低の行為に違いなく。
ふっと息を吐き出して、木の根でゴツゴツする大地に仰向けに寝転んで双眸を閉じた。
「オレはいつまで最低の異端者なんだろうな」
実にくだらない自問自答だった。細切れの空に手をのばし、うっすらと目を開ける。沈む気持ちを吐き出したくて息をついたとき、どこからともなく悲鳴が聞こえ、アーサーはとっさに身を起こした。
細い女の悲鳴はなおも続き、言い争う言葉が混じる。
「シャドー!」
短く影の名を呼んだがどうやら近くにはいないようで何の反応も来ない。切迫した空気を感じてアーサーは護衛を待たずに耳をそばだて、あたりをつけて足場の悪い森の中を、それでも懸命に駆け出した。
「誰だ!」
木々の奥に黒い人影を認めて大声を張り上げると一瞬だけ動きが止まった。そして、間髪を容れずに身をひるがえして黒づくめのそれは森のさらに奥へと身を躍らせる。背の高い細身の男はイーサの民を連想させた。ここで捕らえれば尋問は易いと考え、アーサーは剣を手に追撃しようと背の低い樹を飛び越え――そこで、息をのむ。
長い栗色の髪を乱した女が一人、震えながらうずくまっていた。激しく揺れる白い肩には、乱暴に扱われたのだろうアザがくっきりと浮かび上がっている。
「ミランダ!? どうした!? いまの男に――」
「大丈夫です」
伏せた顔をとっさにあげ、動揺するアーサーにそう返して彼女は笑顔を浮かべようとし、そして失敗する。ぽろりと大粒の涙がこぼれ、彼女はふたたび顔を伏せた。
「すみません。陛下がよく森に来ると聞いていて、人影を見かけたもので……わたくし、確認もせずに」
「……怪我は?」
「陛下が来て下さったので、大丈夫ですわ」
髪と服に若干の乱れはあるものの、彼女の言うように肩以外の外傷はないようだった。安堵しながら剣を鞘に戻し、乱れた髪をそっと整えてやりながらアーサーは男が去った方角を睨む。
見知らぬ土地にはいろいろと目新しいものがあるのだから、好奇心が刺激されるのはわかる。だが、いまは時期が悪すぎる。敵は「味方とそれ以外」という区別しかなく、城下町の一件を考えてもかかわった者を無差別に襲う可能性があった。
「もう森には入りません」
小さく震える声で断言したミランダに被害拡大を危惧していたアーサーは安堵して笑みを浮かべた。そして真剣な表情になる。
「国に帰った方が……」
「いえ! もうご迷惑はおかけいたしません」
「だが、……隠し立てしてもはじまらんか」
内密に処理したかったが巻き込まれてしまったからには説明を省くわけにはいかないだろう。あきらめたようにミランダに視線を合わせ、アーサーは言葉を続けた。
「いま、バルト内部にイーサの人間が流れ込んできている。目的がわからん上に、人数も未確認だ。薬物を使用していることも考えられ、まだ事の収集には程遠い。――無関係な人間を巻き込むわけにはいかん。国に帰った方が」
「いいえ!」
思いのほか強く拒絶されてアーサーは口をつぐむ。泣き濡れた黒瞳をまっすぐむけられ、それがあまりに強い光を宿したのを見て、彼は言葉を失った。
「あそこには……っ」
何かを言いかけ、ミランダははっと我に返ったように視線を逸らした。
「申し訳ありません。ただ、ご迷惑でなければもう少しだけ、お傍にいられたらと」
「なにか、帰りたくない理由でも?」
質問に小さく肩をゆらし、ミランダは瞳を伏せてから豊かな栗色の髪を掻き揚げた。一瞬怪訝な表情をしたアーサーは、その髪の一部が黒く染まっていることに気付き、あらためてミランダを見つめる。
「わたくしは資産家の娘ですが、妾の子なのです。我が一族に黒髪などおらぬと父が……この国に来たのも、母が死に、父に疎まれたからですわ」
「……そうか」
それ以外の言葉が思い当たらず、アーサーは口を閉ざした。黒髪はただの口実に過ぎず、おそらく彼女の存在そのものが疎まれたに違いない。苦しげに柳眉を寄せるその顔を見て、誰もが様々なものを背負って生きているのだと気付く。当たり前のことなのに、こうして目の前に突きつけられるとひどく戸惑ってしまうことがある。
「応えられないとわかっていても、それでもここにいるか?」
試すのではなく真摯に問うと、ミランダはきゅっと唇を噛んでから淡く微笑んだ。
「いまお話しましたでしょう? わたくしはバルトに逃げてきただけですわ。だから、もとより選ばれるとは思っておりません」
きっぱりとそう告げる。けれど瞳はひどく傷ついた色をみせ、それが思慕でないとわかっているのに胸をえぐられたような気分にさせる。
「気がすむまでここにいるといい」
やっとそれだけ伝えると、ミランダは驚いたように目を見張ってからほっと息をついて零れる涙を拭きながら笑った。アーサーはそれ以上は問わずに彼女に手を差し出した。
「歩けるか?」
「ええ、大丈夫です」
きゅっと左手を握りしめたまま、ミランダはあいた右手をアーサーのそれに重ねて立ち上がった。
「手をどうした?」
「え? ああ、これを……その、盗られそうになって。それで暴れて、さっきのようなことに」
開いた手にはアーサーが彼女に渡した男物の指輪があった。よほどきつく握りしめていたのか、手にはくっきりと指輪の跡が残っている。
「そんなものくれてやればよかったのに」
「でも、陛下からいただいた物です」
「もしも何かあったらどうする気だ? 指輪の替えなどいくらでもある」
「陛下からいただいたのはこれだけですわ。……宝物です」
思わず目を見張ると、彼女は赤くなってもう一度指輪を握りしめた。
「バルト王にいただいたのです。記念に持って帰るつもりですが、おかしいですか?」
「記念か」
「……そうです」
どこか怒ったような表情が照れ隠しなのだと気付いたが、アーサーはそのまま手を引いて城に向かって歩き出した。
「陛下……!?」
「ここは意外と歩きにくいからな。転ぶと危ない」
戸惑う声にそう返す。実際についさっき盛大に転んだ彼は、いまも枯れ草とゴミをくっつけたままの出で立ちだ。こんな姿を誰かに見られたらうるさそうだなとは思ったが、かまわずに城に向かって歩を進めた。
「陛下、あの……ありがとうございます」
背後から聞こえるちいさな言葉にアーサーは微笑する。その瞬間、木の根を踏みしめた足がつるりとすべり、声を発する間もなく彼はふたたび見事に草の中に身を沈めた。そして、背中に訪れた衝撃に低くうめく。
くしくも先刻と同じ場所である。
「危ないですわね」
手を握っていたせいで巻き添えをくったミランダのくぐもった声が聞こえた。熱い息と背に押し付けられる柔らかな感触に、ああこれはこれで役得だなと不謹慎に思いながら顔をあげる。
「そうだろう。意外と危ないんだ、森は」
開き直って意見すると、ちいさな笑い声が彼の背に当たって消えた。