【十四】
「助かった」
剣を鞘に戻し、ややくたびれた格好で戻ってきた男は、アーサーを見るなりそんな言葉を吐いた。男の名はフォルト・イディアデル。イーサ王国の王にして、剣の達人として名を
「……いや、こちらこそ」
ごっそりとイーサの流民――反逆者を護送用の馬車に押し込んだフォルトは上機嫌である。あれでは身動きがとれないだろう、いや下手したら圧死するんじゃないかと心配したアーサーに、
「では、それがこの乱を企てた報いだな」
フォルトはあっさりとそんな意見を返してきた。
「しかし、本当に助かった。よく愚民の居場所を特定できたな。しかも避難経路や場所まで把握しているとは――恐れ入った。お陰で一掃できた。残党が投降してくるだろうが、できれば生かして帰してくれるか」
「そのつもりだ」
頷くとフォルトは破顔した。シャドーをイーサに向かわせ、異国の王がバルトの地を踏んだのはそれから五日後のできごとである。イーサ国王であるフォルトは、自らが指揮をとり文字通りの精鋭部隊をイーサから引き連れて訪れた。兵の数は五百――統率された兵は、おそらく護りの要となる位置に配属される者に違いない。迷うことなくそれを選択したことでイーサ国王の誠意は充分に伝わってきた。
「処罰は?」
「断首が妥当だろうと宰相の意見だ。オレも異存はない」
淡々と語る横顔にアーサーは当惑の視線をあてる。反逆者たちは官軍にはなれず、逆賊としての烙印を押されたのだから、処罰されるのは致し方ない。アーサーもこの世界の情勢を知り、その中で生きていくことを選択してからこれを受け入れる道を選んだ。その決意は些細なことで揺らぎはしない――だが。
「カトリーナは、笑って許すと言っていた」
思わずそう漏らす。アーサーの言葉が意外だったのか、フォルトは王城へと向けた足を止める。それから、馬を連れた従者を片手で遠ざけ、苦笑を浮かべながら口を開いた。
「内紛であれば、あるいはな」
苦々しく告げたその横顔には自責の念が読み取れた。なぜこんなことになる前に気づけなかったのか――そう、自問自答しているようにも見える。
「私は、カトリーナの結婚に駆けつけただけですよ」
そんな言葉がかけられたのは、イーサとバルトの両国王が肩を並べて歩き始めてからだった。目の前には金糸銀糸を縫い込んだ上等な服を着た痩せた男が一人、にこやかな笑みをたたえて立っている。一連の事件に巻き込まれた最後の一国、レリャンの王キリエ・ワーナス・カランである。
目を見張った二国の王に、彼は笑顔を崩すことなく頷いてみせる。
「イーサ国王も同様と思っておりましたが」
「しかし、それは」
「イーサの歓楽街には麻薬をあつかう店があると耳にしました。麻薬は利用用途が多く、麻酔としても重宝される。しかし、荷を卸すなら正規の手順を踏んでもらわないと困りますね」
キリエはフォルトに向けていた視線をアーサーへと移動させ、彼らを歩くように促しながら言葉を続ける。
「密輸業者は一掃できたのでしょう? バルト王」
アーサーは息をのんだ。イーサの流民がバルトに麻薬を持ち込んだのは、それを城下町に流通させ、ゆくゆくは兵士たちの手にまで行き届かせるためだった。下町に店をかまえ自警団長を勤めるグレイグの情報と、実際に兵士たちの持ち物からこれが押収されたことによりその情報は裏付けられている。入手経路は酒場だったり路地裏だったりとさまざまだが、イーサの売人たちは一様にバルト兵なら安くしておくと耳打ちして破格で売買に応じていた。
利益が目的でないことなどすぐわかる。それは、いずれ訪れる戦乱にそなえての布石だった。
計画は稚拙だが、根回しは周到だ。だが、それは同時にアーサーが利用できる情報でもある。
「そうだな、密輸業者は一掃できた。……まだ、収拾できないほどの犠牲はない」
「では一件落着ですね。我が国でもちょっとした事件がありましたが、そちらも無事に収拾がついたと連絡がありました。イーサ王、密輸業者はあなたが相応に処罰してください」
「だが、それでは……!!」
「無用な殺生や混乱は避けたい。何より、大切な儀式を控えてるんだ。血なまぐさいのは勘弁して欲しい」
アーサーがバルト城を見つめながらつぶやくとキリエも頷いた。
「でないと、カトリーナが暴れ出しますからね」
「そうだな。それだけは遠慮したい」
これは真剣に答えた。彼女をただの娘だと甘く見ていると、その発想や行動力にしてやられる。爆弾を抱えているようなものだなと胸中で続け、アーサーはフォルトを見た。
「とんでもないんだ、あの娘は」
「――それは、知ってる。イーサにも滞在したことがある。たった五日間だ。その間にあの娘、なにをしたと思う?」
フォルトの口から盛大な溜め息がもれた。
「親しくなった侍女や兵士を使って、影で不正を働いていた官僚を根こそぎ挙げ、国の機能を半壊させた。理由を訊いたらこうだ。だって、帳簿を改ざんして国庫を横領してる人がいるって侍女が嘆いていたのよ。だからこらしめてやろうと思って。でも、こんなに多いとは思わなかったわ、だぞ。おてんばどころの騒ぎじゃない、あれは国が何年もかかって調べるようなことを数日でやってのけたんだ。お陰で人手もなく、残った官僚は不眠不休で働いて、後釜が決まったらいっせいに寝込んだ。まったくもって迷惑な話だ――イーサでは、カトリーナ嬢は不幸の代名詞だ」
そこまでまくし立て、フォルトは肩をすくめた。
「それを教訓に国は新たな法を作った。――処罰された中には、愚弟の息のかかった者もいた。あのまま巧妙にイーサの財源が食いつぶされれば、いずれは反旗を翻しただろう。それに気づいたとき、これがはじまりなんじゃないかと直感して、オレは正直ぞっとした。だが、弟を信じたい一心で誰にも伝えることができなかった。一国を担う者が愚かしい話だ。結局、イーサは二度もカトリーナに救われたんだな」
情に流され判断を誤ったのであれば、愚かしいと言われても仕方がない。けれどその心がまったくわからない訳ではないのでアーサーは追及を避け、黙って耳を傾けていたキリエを盗み見た。
彼はフォルトの言葉を聞いて何度も頷く。反応しているのがカトリーナに関してだと気づき、アーサーは目を丸くした。ここは同意して頷く場面ではなく、彼女の無茶な行動に呆れる場面であるはずだ。
どうやらレリャンでも相当に暴れたらしい。
フォルトはふっと息を吐き出した。
「笑って許す、か。カトリーナ嬢は、ずいぶんオレを評価してくれてるんだな。愚弟にはよく言って聞かせる。しばらくは幽閉され、これに関わった者もそれなりに処罰されるが――」
「それで充分だ。また何かあったらそのとき考えればいい。警戒は必要だが、度が過ぎればそれは誰にも等しく凶器になる」
「……バルトに被害がなかった訳じゃないだろう」
「薬物特定が終われば、宮廷医師が指揮をとって治療にあたる。それでこの件は終わりだ。オレは、カトリーナが悲しむ顔は見たくない」
素直な意見を口にすると、フォルトとキリエは苦笑した。それから口々に、バルト王は大物だとつぶやいた。
「カトリーナ嬢が目覚めたら呼んでくれ。迷惑でなければ、成婚の儀まで滞在の許可を」
「私もぜひ同席を願いたいです」
イーサ、レリャン、それぞれの王の言葉にアーサーは驚いて足を止めた。
「祝わせてくれ。恩人の晴れ姿だ、これほど嬉しいことはない」
晴れやかな笑みに瞳を細めると、慌ただしく城から駆けてくる男の姿が視界の端に映った。鮮やかな青い鎧を身にまとった男は膝を折り、アーサーの言葉を待ってから口を開く。
「ロルサーバの王が登城しました」
絶妙な、というべきタイミングに、三国の王は互いの顔を見合わせて苦笑いした。カトリーナが好機を逃すことなく精力的に行動できるのは血筋ゆえなのかもしれない。難が去った国に訪れた異国の王は、予想通り個性的な男だった。
カトリーナが目覚めたのはそれから二日後。
アーサーは彼女とともに、いびつに歪み続けた森の奥に、小さな命の芽を発見した。