【十四】

 それから四日後、国を挙げての盛大な祭りが始まった。華々しく飾りたてられた家の窓からは花弁がまかれ、通路は瞬く間に鮮やかな色彩で埋め尽くされる。人々は喜びを謳い、町は歌と踊りで占められて陽気な笑い声がいたるところで木霊する。
 バルト国王室成婚の儀、当日。その日は、いまだかつてないほどの賑わいで町中が湧いた。それもそのはず、前王の式は婚約者の失踪で一年流れ、次は戦乱で二人が亡くなり、弟であるアーサーも兄と同じで晩婚ときている。国民たちは国の発展とともに国を導く指針となる王室の平安も望んでいた。これは真実、待ちに待った慶事だった。
 午前中は大聖堂でおごそかに誓いをたてた二人は、誰もが溜め息をつくほど着飾って町中を大挙しねり歩く。巨大できらびやかなそのうねりの中には、アーサーとカトリーナは勿論、遠路はるばる訪れたロルサーバの王、さらにイーサとレリャンの王も加わっている。その前代未聞の行列を一目見ようと集まってきた人間の数は、バルトの人口の五倍だといわれている。
 その経緯は語られることはなかったが、アーサーが国交に力を入れていなかったことを知る国民たちの関心は、自然とカトリーナにむいていた。
 二国の王が駆けつけたのであれば、なかなかどうして、素晴らしい姫なのではないのか。
 本人が聞けば真っ赤になって否定するに違いない。
 しかし幸い、彼女は初めて立ち会う盛大な儀式に対応することで必死だった。ボロを出せば今度は皆の前でアーサーが大恥をかく。気分が悪くなるほど緊張した彼女は、パレードが終わって王城にたどりつくなり広い廊下でぐったりと座り込んでしまった。
「さすがのカトリーナ嬢も形無しだな」
「フォルト様」
 顔を合わせても言葉を交わすだけの時間がなかったカトリーナはイーサ国王を見て眉をしかめた。
「こんなに凄いものだとは思わなかったのよ。まだ足が震えてるわ」
「そうなんですか? とても毅然とお美しかったですよ」
 柔らかく助けてくれる声にカトリーナは視線を動かす。
「キリエ様、大丈夫でした?」
「ええ、よくしていただいてますのでこの通り」
「よかったわ」
 レリャンの王はにっこりと笑む。フォルトとキリエの二人が並ぶと、巨漢と枯れ木のようで、ちぐはぐなのが妙に面白い。お互いここにくるまで面識がなかったらしいが、馬が合ったようでずいぶんと仲がよくなったらしいとカトリーナは侍女から聞いていた。
「まあひとえに、バルト王の人徳なんだろうが……しかし、ここまで人気がある奴は初めてだ。侮れんな、アーサー殿は」
「一朝一夕に築けるものではありません。この国は安泰ですね」
「ええ! 当然よ!!」
 ぱっとカトリーナの笑顔が弾ける。二国で揉め事ばかり起こした姫君は、どうやらずいぶん心酔できる相手に出会ったらしい。どこか微笑ましく男たちは思う。
 三国を巻き込んだ戦争が未然に防がれたのは、この突飛な姫君の功績だ。問題児であったが憎めない彼女は、アーサーの姿を見つけると嬉しそうに手を振った。
「これから晩餐会だ。いけるか?」
「これから――!?」
 アーサーの言葉にカトリーナが目を剥く。太陽はまだ高い位置にあり、晩餐というにはあまりに早すぎる時間だ。何時間騒ぐのかと考えただけでも眩暈がする。
「無理なら部屋を用意させるが」
「駄目! 駄目よ!!」
 カトリーナは焦ってアーサーにしがみ付く。カトリーナが寝込んだせいで成婚の儀がかなり遅れ、そのうえ晩餐会に出ないのでは面目が立たない。イーサ国王に恥をかかせないようにと配慮して詳細は一切公言しなかったために、今度はカトリーナの姿があまりに見えないとどんな脆弱な王妃がやってきたのかと、それを選んだアーサーまでもが悪く言われてしまう。
 必死の形相のカトリーナにアーサーは苦笑した。
「気分が悪くなったらすぐ言え」
「まかせて! 大丈夫!」
「……お前は無茶をするからな」
「しないわ」
 大きく頷くカトリーナに不審な目を向けつつも、アーサーは一応同席を許してくれた。そして、二国の王に向き直る。にこにこと機嫌のいい二人に首を傾げたが、彼はそのまま口を開いた。
「ぜひ同席願いたいのですが」
「喜んで」
「もちろんだとも」
 即答である。
「酒を酌み交わしながら馴れめ話を伺いたいものだ」
「ああ、それは興味が……」
「だろう? あの暴れ馬をどう乗りこなしたか――」
「あ、暴れ馬!?」
 まだじゃじゃ馬のほうが響きがいい。カトリーナは頬を膨らませながらフォルトを睨んでアーサーの手を引いた。背後で弾ける笑い声を無視し、晩餐に使う部屋を思い描いて歩き出す。
「失礼だわ、フォルト様は。勝手に迷っても捜してあげないんだから」
 驚くアーサーを引きずる少女にさらに盛大な笑い声が向けられる。何だか面白くないカトリーナは、晩餐会の会場までぷりぷりと怒りながら歩き、そして扉の奥を見て唖然とした。
 広い会場にはいくつもの円卓に山盛りの料理が用意されていた。中央には空間が、広間の隅には楽器をかまえた男たちが待機し、二人の登場にゆったりと音楽を奏でだす。
 正面にはテーブルと椅子が用意されていた。
 それぞれの国王がそこに案内され着席すると、中央の空間でダンスが始まる。
「立食なのね」
「ああ。こちらのほうが人が入る」
「……素敵だわ」
 小さな人の輪がいくつもできる。楽しげに語らう人々を見つめ、カトリーナは素直な意見を口にして笑みを浮かべた。祝辞を口に果実酒や料理をすすめる者があとを絶たない。言葉の一つ一つに耳を傾けながら、カトリーナは幸せに酔う。柔らかな空気がひどく心地よく、ふわりと胸の奥があたたかくなるようだった。
 これなら一晩中でも付き合える。ほんの少しの果実酒と料理を口に運びながら、彼女は上機嫌で考える。隣では予告どおり馴れ初め話に花が咲き、調子に乗ったイーサ国王がアーサーに向かってお前こそが暴れ馬を制した真の英雄だと豪快に笑っていた。
「……今日は許すわ、無礼講よ。……明日殴るけど」
 果実酒のグラスを揺らしながらちょっとだけ不貞腐れる。
 ふと外を見ると、空にはすでに星が瞬いていた。空が闇を取り込んだのとは正反対に、町はいまだに真昼のような明るさを保っている。まさか夜通し騒ぐとは思えなかったが、あの様子ならそれもありえるかもしれない。城内とは違う町のにぎわいにも興味が湧いてきた。
 なんとなくムズムズする。
 外はどんな様子だろう、皆は、どんなふうにこの慶事を祝ってくれているのだろう。そう考えるといてもたってもいられなくなってカトリーナはこっそり立ちあがった。
 ちょっとだけ抜け出すならバレないに違いない。すでに無礼講を通り越した騒ぎを尻目に、カトリーナは会場をあとにして長い廊下を駆け出した。
 途中で何度も祝辞をかけられ、カトリーナはそのたびに足をとめてしとやかに礼を返した。なぜこうも声をかけられるのかと小首を傾げ、重い髪飾りと派手な首飾り、豪華なドレスに気付いて大げさに手を打った。
「着替えなきゃ」
 これで目立つなというほうが無理だ。彼女は廊下を折れ、城内の者に気取られないよう細心の注意をはらって自室に戻り、大慌てでドレスを脱ぎ捨てきらびやかな宝石をはずす。そして、できるだけ質素に見える服に着替えて部屋を飛び出した。
「どこに行く気だ」
 ひくんっと、カトリーナは体を揺らす。喜び勇んで駆ける手前、ドアの横にはアーサーの姿があった。
「え、ええ? ちょっとお散歩に?」
「賓客を放っておいて?」
「すぐに戻るわ!」
「……どうだか」
 ふっと溜め息をついてアーサーは壁から離れる。ビクビクするカトリーナは、彼の姿をよくよく見て小さく声をあげた。
 晩餐会には彼もその場にふさわしい派手な衣装をまとっていた。しかし、いまは驚くほど質素な格好をしている。言ってみれば、お忍びで町におりるときのような服装だ。
 一国の王には似合わない、銀の剣を一本ぶら下げただけの軽装。
「――陛下」
「あそこは飽きた。少し外の空気を吸おうと思って」
 悪びれなくアーサーはそんな言葉を口にする。思わず笑ったカトリーナの横に並び、彼はゆったりと歩き出した。
 ふっと触れた手が掴まれてゆっくりと重ねられる。どぎまぎしたが悟られるのが悔しくて、カトリーナは平静を装って彼を見た。
 凛々しい横顔に余計に胸が高鳴ってしまい慌てる。そんな彼女には気付きもせず、アーサーは近くの通用口のドアを開けた。
 闇夜に響く音が鮮明になり、祝いの歌が大気を満たす。自然と胸が踊り、カトリーナはアーサーを引っぱって駆け出した。
「あまりはしゃぎすぎると疲れるぞ」
 病み上がりのカトリーナを気遣い、引きずられながらアーサーが苦笑する。さとす言葉に子供扱いされた気がして彼女は頬を染めたが、実際に興奮しているので言い訳らしい言い訳も思いつかずに素直に彼に抗議した。
「今日ぐらいハメをはずしてもいいじゃない」
 一生に一度の出来事だ。楽しまなくてどうするのだと思う。すると、アーサーは少し意地悪な顔で笑った。
「――いや、せっかくの初夜なのに疲れておあずけって言うのもな……」
「ななななな、なに言ってらっしゃるんですか、陛下!?」
 見事にどもる彼女に彼は声をあげて笑った。しっかりと繋いだ手に力がこもる。
 祝いの歌は満天の星空に広がって新たな音と交わり、絶え間なく世界を満たしてゆく。
 世界を包む熱は、まだ当分冷めそうになかった。


 それから二年後、バルト王家に待望の第一子誕生。
 ――さらに数年後、ある町の片隅の画廊で、見事な銀髪の青年が銀髪の少女を抱きかかえて一枚の絵の前で足を止めた。
「……アーサー王」
 絵には王と王妃の名が刻まれている。彼は紺碧の瞳を細め、柔らかな色彩の中にも厳かな空気が満ちる絵画に見入った。
 すると、少女が小さな手で王と王妃の間に立つ幼子を指差した。
「赤ちゃん!」
 足を大きく前後にふって、さらに体を上下にゆする。子供好きな子供に苦笑して、青年は少女の髪を柔らかく撫でた。
「これは少し前に描かれたから、もうお前と同じくらいだよ」
「赤ちゃん!」
「バルトの王子様だ」
「赤ちゃんー!!」
 少女の主張はとまらない。青年は微苦笑を浮かべて、ふと視線を落とす。王は剣を帯びていた。国宝と呼ばれる銀細工の見事な剣に青年の苦笑は笑顔に変わった。
「大切にしてくださってるんだな」
 彼は剣がどうやって大国の王の元に届いたのかを知っている。それを作った者の想いも血を吐くような苦悩も、そして言葉では言い表せないほどの幸福も、すべて間近で見つめて理解していた。
 あの長い長い年月が、銀の剣の中に静かに眠っている。
 懐かしく眺めていると少女も長剣を凝視して指差した。
「お父様の!」
「父様が作ったんじゃないよ。おじい様が作ったんだ。やっぱりまだかなわないなぁ」
「作る! マリアも作るー!!」
「お前にはまだ早いよ」
「作る!」
「はいはい、おじい様がいいって言ったらね」
「うん!!」
 よほど嬉しいのか、明るい歓声をあげながら少女は青年の首にしがみついた。大切な愛娘を抱きしめて、青年はもう一度絵画を見つめてからゆっくり歩き出す。
 のちに戦国と呼ばれる時代の到来と同時、美しい銀の髪を持つ少女は銀細工師となり、運命に導かれるように見事な銀の剣を持つ少年に出会う。
 血脈は帰結する。
 不思議な不思議な因縁の輪の中で。

=終=

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