【一】
フィリシアの醜聞は瞬く間に国中に広がった。
婚礼当日に姿を消した娘が帰ってきたというだけでもたいした話題であったのに、その娘が記憶を失い妊娠しているという。
王との間に授かった子ではない。
それは誰もが考えた。失踪から一年たっているのだ、王の子であるはずがない。
では、誰の子か。
「どこかで山賊に乱暴されたんじゃないかって噂だぜ」
無責任に、男は語る。
そこは裏通りに面した大衆が集まる酒場。なみなみと酒のそそがれた陶器のカップを片手に立ちあがった男は、向けられる多くの視線に満足して得意げに告げた。
「城内じゃ、この話で持ちきりだ。国王陛下が見つけたときには瀕死の重傷だったって言うじゃないか。きっと山賊に捕まって、逃げ出して来たに違いねぇ!!」
男は一気に酒をあおり、大声を張り上げた。
「ふむ。山賊か」
酒場のすみのテーブルで酔っ払いの演説に耳を傾けていた男は、感慨深げに瞳を細める。
細めた緑の瞳に、泣き黒子がひとつ。男は、ふっくらとした厚みのある唇をゆがめた。
「さてその娘、本物の舞姫なのか……?」
興味深い。本物であるなら、アレを持っているに違いない。
人の領域を超えた最大の禁忌を。
闇の内側でのみ語り継がれる、至宝と呼ばれたあの鍵を――。
彼女が本物のフィリシアであるのなら。