フィリシアの醜聞は、瞬く間に国中に広がった。
 婚儀当日に姿を消した娘が帰ってきたというだけでもたいした話題であったのに、その娘が妊娠しているという。
 王の子ではない。
 それは誰もが考えた。
 では、誰の子か。
「どこかで山賊に乱暴されたんじゃないかって噂だぜ」
 無責任に、男は語る。
 大衆が集まる酒場。なみなみと酒の注がれたグラスを片手に立ちあがった。
「城内じゃ、この話で持ちきりだ。国王陛下が見つけたときには瀕死の重傷だったって言うじゃないか。きっと山賊に捕まって、逃げ出して来たに違いない!!」
 男は一気にグラスをあおり、大声を張り上げた。
「ふむ。山賊か……」
 酒場の隅の丸テーブルで、酔っ払いの演説に耳を傾けていた男は、感慨深げに瞳を細める。
 細めたグリーンの瞳に、泣き黒子ボクロがひとつ。男は、ふっくらとした厚みのある唇をゆがめた。
「さて、その娘。本物の舞姫なのか……?」
 興味深い。本物であるなら、アレを持っているに違いない。
 人の領域を超えた最大の禁忌を。
 闇の内側でのみ語り継がれる、至宝と呼ばれたあの鍵を――
 彼女が本物のフィリシアであるのなら。

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