【十四】

 夜会は散々だった。フィリシアのその醜態は記憶がないためだと簡単に説明されて片付けられたが、夜会に招待された者たちは不快をあらわにした。
 もともと踊り子が王妃になることを認めている人間は稀だった。少なくとも、名の通った者はフィリシアに対して悪い印象しかもっていない。身分卑しき者、己の立場をわきまえず王に媚びた娼婦であると、影で口汚く罵る者さえいた。
 彼らにフィリシアの醜態がどう映ったかは想像に難くない。
 だが、心無い言葉の数々は当人に伝わることはなかった。
 踊り子であり王の婚約者であり、そして一年間失踪して記憶を失い戻ってきた――その奇天烈な過去を聞いた者の多くはあえて彼女に関わらないようつとめた。呪われているのではないか、という意見さえ一部では囁かれているらしい。
 ゆえに、彼女と接触するものはごく限られてくる。
 幸い彼女はいまの状況に手一杯でまわりを見渡すゆとりはなく、避けられている事実も気付かないまま朝をむかえた。
 柔らかな光がカーテンの隙間から室内に差し込んで朝の訪れをしらせる。ゆっくりと休めた体を起こし、フィリシアは深く息を吐き出した。
「このままじゃダメ。絶対にダメ」
 天蓋つきのベッドからおり、彼女はきつく拳を握った。
「エディウスもアーサーもおかしいし」
 兄弟そろってかなり怪しい。ある意味、あの二人は挙動不審な点がある。昨日一日でそのことは嫌というほど思い知った。
「私も人のこと言えないんだけど」
 記憶喪失の少女は、溜め息混じりに己の境遇にあきれた。
 捜さなければいけないのは一年前の自分と、それに深くかかわってしまったのだろう二人の男の過去。
 いつまでも塞ぎこんで大切な時間を無駄にするわけにはいかない。
「泣くのはもう終わり。必ず見つけてやる」
 たとえどんな事実が待っていたとしても、それから目をそむけたりはしたくない。
 過去を思い出さないままのほうが幸せである可能性はある。生活に不自由していないのだから、無理に探らなくてもいいのではないかと疑問を抱くこともある。
 でも、できることなら思い出したい。
(きっと、アーサーはなにかを抱え込んでる。エディウスも、たぶん)
「なにができる? 私は、なにをしたらいい?」
 答えを見つけなければ前に進めない。見つけなくても時間は確実に過ぎてゆくだろうが、流されるまま受け入れたその先にある未来は、果たして自分が望んだものと成り得るだろうか。
 心を置き去りにして得た未来が本当に幸せなものだとはどうしても思えなかった。
 アーサーは未来を知っていると言った。
 あの言葉の意味も、いまはまだわからない。
「私を恨んでないって言ってくれた。アーサー……私、その意味も知らないの。知らなきゃいけないのよね? いつか知ると思って、その言葉をくれたんでしょう?」
 悲しげにゆがんだその表情の奥に、きっと伝えたい言葉がたくさん隠されているに違いない。
 フィリシアはまっすぐ顔をあげた。
(なにができるかわからないけど) 
 まだ立ち止まるには早すぎる。進める道があるのなら、そこへ向かうための一歩を踏み出す勇気が必要だ。
 両手で頬を強くたたき、大きく息をついて頷いた。服を着替え、不快な二つの鍵とエディウスから受け取った短剣を目立たないように服の下に隠して歩き出す。
(お守り)
 そっと生地の上から短剣に触れ、彼女はドアノブに手をかけた。

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