なにがそんなにショックだったのか、自分でもよくわからなかった。
 あれはただの音楽だ。
 優しい緩やかな、古くから伝わる、誰もが必ず一度は耳にするという本当によく知られた曲。
「フィリシアが一番好きだった曲だって聞いた。オレも何度か聴いたことがある」
 悄然と歩くフィリシアに、アーサーが気遣うように声をかけた。
「ごめんな、怖かったな」
 ぽんぽんと頭を軽くなでられた。
「わ、私のほうこそ、ごめん……なんであの時……」
「もういいよ。今日は考えんな。色々あったんだよ、きっと。色々とさ」
 言い聞かせるようにささやくアーサー。
 優しすぎて泣けてくる。
「……ツライな。声をあげて泣けないのって、本当つらい」
 ハラハラと涙をこぼすフィリシアに、アーサーはポツリと言った。自分も泣きそうに顔をゆがめて、それでも微笑んでくれる。
「お前、いつも泣きそうな顔してた。守ってやらなきゃって思ったのは、同じだからじゃない。違ってても、やっぱり守ってやらなきゃって――」
 アーサーはそこまで言って、呆然とするフィリシアを抱きしめる。
「お前は笑ってるほうがいい。ごめんな?」
 アーサーの言っている言葉は、フィリシアには理解できなかった。でもこれは、きっととても大切な告白。
「ごめんな。オレ、お前に酷いことする。でも、信じて――」
 抱きしめる腕に力を込めた。
「信じて。オレは、お前を恨んでなんかいない」
 泣きそうに顔をゆがめて、少年は優しく微笑む。紡がれた言葉の意味はやはりフィリシアにはわからなかった。
「アーサー……何を、知ってるの……?」
 昼間、エディウスがしたのとまったく同じ仕草で、アーサーがフィリシアの濡れた頬をたどる。
「――未来を」
 少年は笑う。
 悲しげに。残酷に。災厄を予言する予言者のように。
「まだ、始まってはいない。何もかもがこれから」
 少年は、フィリシアから離れた。
 悲しみで瞳を曇らせたまま、彼は優雅に身を翻した。その背に拒絶の意志を感じて、フィリシアは悪寒に身を震わせた。
「アーサー!」
 フィリシアの声にわずかに足を止めたが、アーサーはそのまま薄暗い廊下へと消えていった。
 その背を呆然と見送って、フィリシアはその場に座り込む。
 世界が、音を立てて崩れていく気がした。

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