武蔵家大蔵大臣手記 〜魔王様の恋人 閑話その三〜
【前編】
庭を掃除していると、ちょうどリビングが見える。外から丸見えになるという理由からレースカーテンはいつもきちんと閉められているのに、その日に限ってそれは少し開いていた。
「……」
家庭菜園もかねているその庭の雑草を片付けて顔をあげた武蔵なぎさは、リビングの中の光景に思考回路がショートした。
そこには小学六年生になる弟のイナキがいた。多少大人びた雰囲気の弟は、図書館で借りてきたらしい本を熱心に読んでいたのだが、下から伸びてきた白い腕にわずかに眉を寄せた。
それが同居中の彼のクラス担任、三笠ダリアの腕であることはすぐにわかった。
彼女は事もあろうにイナキの膝枕でソファーに寝転んでいて、そして少年にちょっかいを出していた。
よほどかまって欲しいのだろう。
迷惑そうに何かを言うイナキに戸惑いながらも、その白い手は何度も少年に触れては離れていく。
イナキは呆れたような顔をしつつ口を開き、そしてその腕に手を添える。
しきりにダリアが何かを訴え続けると、やがてイナキの呆れ顔が苦笑に変わり、穏やかな笑顔に変化する。彼は囁きながらその小さな体をゆっくりとかがめた。
「……あ」
自然に漏れたその声のあとに、なぎさは庭木の陰に慌てて隠れた。
見てはいけないものを見てしまった。
それは、確実にひとまわりは違う弟と女教師のラブシーン。
疑惑が確信に変わった一瞬である。
あれはもう間違いなくキスをする寸前で、たぶん今視線を戻せばバッチリその場面が拝める状態。
「い、イナキちゃん早すぎ……ッ」
たかが十二歳であんな美女とそれを経験してしまうなんて、なんて末恐ろしい子だ。
と、ハチャメチャな思考でなぎさは青ざめた。
これは姉として忠告する必要がある。そう強く感じて一つ頷き、視線を腕時計に落とした。
「バイト――!」
ラブラブシーンのその後を見る暇もなく、なぎさは身支度のために慌しく玄関のドアを開けた。