【4】


「……暗い少年ですな」
 物陰からひっそりと、ヴェルモンダールが呟いた。
かげがあるな。ふむ。実にいい傾向だ」
「……左様で」
 女帝の思考がさっぱり読めず、ヴェルモンダールは投げやりともいえる返事をする。
「あれを開花させるのが快感であろう!」
「いえ、自分にはそのような調教の趣味はありませんので」
 キッパリと言い切る側仕えに、ダリアはにんまり笑う。
「わかってはおらぬな、貴様は。――まぁよい。言ったところで理解はできまいて」
 そう呟いて、ダリアは笑みを深める。
 愁いを含む横顔は、ずいぶん大人びて見える。窓ガラスが白く濁っていることが残念でならないが、近付く術さえあればこれは問題ない。
 未来の夫となるべき者。
 魔界の王たる自分と並んでも遜色のない命――それが、ようやく水晶に映し出された。
 どこがどう自分と惹きあうのかはわからない。水晶の見立てが完璧であるという保証はなく、それは平気で己の予言や神託を覆すとんでもない食わせモノでもある。
「魔王が神託をあてにするなど滑稽ではあるが」
 ダリアは勉強机に向かうイナキをじっと見詰めた。
「これは、私の望んだ未来。さぁイナキ、どうやってお前を魔界へ招待しようかな?」
「素直にさらえばいいでしょうに」
「それが有効なタイプであればな。あれがそう見えるか?」
 どう見たって、強引にコトを進めれば反発して意固地になって、心を閉ざしてしまい二度と許さない人間だろう。
 多くの言葉を交わさなくても、周りに流されるようなタイプでないことぐらいは容易に想像がつく。
「強引に進めれば一生許さんぞ?」
 楽しげに笑う女帝に、側仕えは溜め息と共に進言した。
「では、ひとまずセオリー通りに道端でぶつかったのですから、偶然を装った再会が好ましいのでは?」
 口調は相変わらず投げやりだが、言っていることはあながち的外れでもない。
 ダリアは小さく唸り声を上げる。
「優しく親切な先輩というのがいいんだろう?」
「……どこでその情報を仕入れてきました? 年齢的にイナキ殿の先輩にはなれませんよ」
 上から下までジロジロと無遠慮に女主人を眺め、ヴェルモンダールはボソリとそう呟く。
 その美貌もさる事ながら、容姿の年齢が釣り合わない。どう見たって、ダリアの外見は二十代半ば――もしくは前半である。
 実際の年齢はダリア自身も憶えてはいないが、少なくとも小学生として扱うには無理がありすぎる。
 第一、小学校は六年生までだ。最高学年である彼の先輩には、どうやったってなれるわけがない。
「ここは近所のお姉さんというパターンが――」
 清楚な格好で親しげに話しかければ、彼が成人する頃には必ず骨抜きにできる――ヴェルモンダールは確信を持って、そうダリアに告げる。
 自他共に認める美貌と肢体を武器にすれば、思春期の少年の一人や二人、難なく虜にできる。
「ふ〜む、近所のお姉さん?」
「そうですとも、やはりセオリー通りに!」
 どうも彼の中ではそれがセオリーらしい。限りなく運命に近い偶然の再会≠うまくセッティングする気のようだ。
「上手くいけば度々会うように仕向け、時間のあいている時には魔界へ帰るというスケジュールでいかがでしょうか」
 意地でも魔界へ帰らせたいらしいヴェルモンダールに、ダリアは面倒臭そうに眉を寄せた。
 魔界に帰れば、毎日のように謁見攻めだ。鬱陶しいほど着飾り、その圧倒的な美をもって訪れる魔将軍や有能な支援者たちを虜にするために尽力せねばならない。
 あまり嬉しくはないが、この外見は使える。それで魔界が平定するならそれもよしと思ったが、これがなかなか疲れる行事である。しかも、毎日続く。
 水晶の神託はいい気晴らしになった。できることなら、もう少しこの世界にいたいとダリアは素直に思っている。
「イナキは学校へ行っているのだろう。そう都合よく会えるものか」
 ダリアは不満げにヴェルモンダールにそう返した。
「それは自分が何とかします!」
「……いや、待て」
 ふっと、ダリアがイナキに注ぎ続けていた視線を外してヴェルモンダールを見た。
「いい事を思いついた」
「は?」
「ふむ、いい案だ。なかなかに妙策だ」
 その微笑は、たぶんヴェルモンダールにとって、ものすごく嫌なものに映ったに違いない。
 それを確認してから、ダリアはイナキに視線を戻した。
「お前の傍に行くよ、イナキ。私を愛してごらん――お前は魔王の伴侶となる男だ」


 そして、数日後にイナキの学校に美貌の女性がやってくる。
 不運な事故≠ナ入院した彼のクラスの担任の代わりとして――

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