警察署内が騒然となる。
 怪盗クリスからの――時計塔の怪盗からの予告状が届いた。
 明晩9時、シェリー王女の王冠をいただきにあがります。
 相も変わらず真っ白な予告状には、そんなシンプルな文章が大胆不敵につづられている。小さな予告状には、文章以外の凹凸がある。それは見る角度によっては、驚くほど緻密な絵となった。
 絵は、格式の高い建物をかたどっている。
 リュードレイの東部に位置する美術館。今まさにシェリー王女の王冠が展示公開されている場所だ。
 繊細で細やかな予告状は美術品としての価値もある。現に、評論家たちの間でもなかなか好評なのだ。
 その紙が、微かに震えだした。
「ミ、ミヤツ刑事」
 傍にいた、紺のつなぎを着ている警官が慌てて彼に手を伸ばす。
 昨晩の失態を思い出し、予告状を持つミヤツ刑事の手がぶるぶる震えている。それに伴って大きく揺れだした予告状を、警官は奪うように保護した。
 とたんに、ミヤツ刑事は吼えた。
「よく聞けヤローども!!」
 すでに刑事なんだか暴力団なんだか判別もつかない迫力である。
「今度時計塔の怪盗を逃がしたら、テメーら全員クビだぁ!!」
 予告状を保護した警官も、その部屋にいた別の警官も、ミヤツ刑事の怒声に一瞬心臓がすくみあがった。
 そして、悲鳴。
「そ、そんなぁ!!」
「ミヤツ刑事、それはあんまりじゃ……ッ」
「うるせぇ! 文句あるならそれ相応体で示しやがれ!! 厳戒体制をしけ! 死ぬ気で働け!!」
 毎日地道にこつこつ働き、働き蟻のようだとまで言われる彼ら。その彼らに、ミヤツ刑事は遠慮ない罵声をあびせかける。
「結果が総てだ! 結果が出せないヤツはクズ同然だ!!」
 怒り心頭に発する。
 こうなったら、誰も止められない。烈火のごとく怒っているミヤツ刑事に、誰も声をかけられない。
 警官たちはすごすごと持ち場に戻っていく。
「潮時だ、クリス」
 たった一人の少女を捕らえるためだけにリュードレイの中央警察全体が動く。その意味を、ササラは知っている。
 黒衣の少年は、活気というより殺気に満ちている警察署の中で、ただひっそりと息を潜めた。
 怪盗をやめればいい。それだけでいい。
 現行犯逮捕が鉄則なのだ、逃れるすべなど火を見るよりも明らかだ。
 なのに、クリスはそれをしない。
 まるでその選択肢は存在しないかのように、彼女は夜空に舞う。
 純白の天使となって。
 それが可憐であればあるほど、人々は熱狂する。
 大怪盗クリスの再来だと騒ぎ立て、無責任に絶賛する。その後の悲劇など知るよしもなく。
 いや、彼らは知ろうともしない。大怪盗がどんな末路をたどったのか、その英雄譚のみを語るだけで、真実に耳を傾けることすらしない。
 極刑で死んだ大怪盗。
「もう、潮時なんだ――」
 罪の代償は、あまりにも大きかった。

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