地上から天空へと風が駆け上がる。
月が煌々と地上を照らしているはずなのに、そこには確かに闇が存在していた。
「そう簡単に逃げられると思ってたのか?」
どこか険をはらんだ声音は、まだ青年になりきらない少年のもの。
「――怪盗クリス。もう鬼ごっこは終わりだ」
漆黒の髪に漆黒の瞳。身に着けているものも、総てが闇の色で統一されている。彼は、黒しか身に着けない。
クリスが怪盗となり、彼が探偵となったときから――
彼は、喪服のように黒で身を固める。まるでクリスが重ねる罪を責めるように。
「ササラ……!!」
クリスが名を呼んだとほぼ同時、彼は身を乗り出した。
「ッ!!」
反射的に身を引いたが、足場が悪い。
クリスの体が大きく傾く。とっさにササラの腕が伸び、屋根から滑り落ちそうになる少女の体を支えた。
「……捕まえた」
どこか安堵さえ忍ばせる声。
ササラは、優しい。
昔から。まだスクールに通っていたころから。
相容れないとわかっているのに、それでも優しくしてくれる。罪を重ねることがどんなに恐ろしいかを、彼はよく知っているから。
「現行犯だ。これで、ようやく」
『チッ』
ササラの声に真紅の石が胸元で舌を打つ。
『代われ、相棒!!』
正攻法じゃ逃げられないと踏んだのだろう、石が忌々しげに言った。
「――大丈夫」
石の言葉に、少女が笑った。とたんにササラが眉を寄せる。石の声は、少年の心には届かないのだ。
「大丈夫、クリストル」
クリスが何を言っているのかわからないのだろう。ササラは怪訝そうな顔になり、次の瞬間、少女の手に持たれている筒状のものを見て表情を変えた。
「クリス!!」
「ごめんね、ササラ」
言うが早いが、満面の笑みで、少女は親指に力を入れた。
カチリといやな音が聞こえた刹那――
ササラの足元が轟音とともに崩れていった。
自分の身に何が起こったのか理解できなかったのだろう。ササラは呆然と今自分がいた場所を見上げている。
ひょこりと、少女が顔を出した。
「ケガなぁい?」
大声で聞いてくる。
「……ああ」
どこかあきれたようにササラが返す。身を起こそうとして、失敗した。
「――……」
足場がいやに悪い。
悪いどころか、瓦礫の中にいるにしてはあまりに柔らかすぎる。
「これは何のマネ??」
彼の体は、大きなクッションの上に見事にタイブしたらしい。鮮やかなオレンジ色の弾力のあるものが、しっかりとササラの体を包んでいた。
この場所とこのタイミングからして、設置したのはクリスだろう。
裏をかいたつもりが、さらに裏をかかれたらしい。
「ケガなくてよかった! じゃ、またね」
すちゃっと怪盗が片手をあげた。