神妙な顔で三人は神無が去ったドアを見詰めた。
 歴代鬼頭の花嫁を見続けた麗二は本当に困った顔で苦笑し、光晴は低くうなり、水羽は柳眉を寄せている。
「……庇護翼の反応は?」
「反応もなにも。とても守る自信がないちゅうて、あっさり拒否しよった。麗ちゃんとこは?」
「同じですねぇ。予想はしてたんですが……水羽さんのところも?」
「威勢よく逃げた」
 仏頂面を突き合わせて、三人は唸り声をあげた。華鬼の存在だけで鬼の間に漂う空気が変わる――それは、彼の内在する力の程をよく反映していた。
 本気で殺意を向けられれば多くの者が身動きすらとれない。歴代最高と謳われ、誰の許しも後押しもなく鬼頭≠フ名が容認されたただ一人の男。
「あれはホンマに呪いやな」
 その男の刻印を受けた少女の変化に、本人どころか周りすらどう扱っていいのかわからず持て余している。
「これから忙しくなりそうだね」
 つかつかとテーブルに歩み寄って、料理をつまみながら水羽がぼやく。
「教室でも空気が変だったんだよなぁ。もういっそ、さらって山の中に引きこもりたいくらい」
「名案やな!」
「駄目です」
 二人の意見に麗二が頷こうとすると、もえぎが鋭く口を挟んだ。
「それは絶対いけません」
 強く意見する彼女に三人は言葉に詰まった。理由を聞こうとそれそれが口を開き、けれど言葉を発することなく口元を引き結ぶ。
 しばらくして、光晴が深く頷いた。
「せやな。閉じ込めておくことはでけん」
 神無はいつも周りに流されているように見える。だが決してそうではなく、ひどく儚げな印象とは裏腹に強い意志をもっている。
「意外としっかりしてるんだよね」
「本当に……素直に守られてくださると楽なんですけどねぇ」
 なにせ彼女は、自分に危険が迫っていたとしても庇護翼の名を素直に呼ぶことのほうが少ないのだ。感覚的ではあるが花嫁の声は他のそれよりも感知しやすく、しぜん、守りも強固になる。それはこれから、彼女を守るために重要な役割を果たすはずだった。
 だが、鬼ヶ里に来てから何度も危険な目にあっているだろうに、彼らが過去に名を呼ばれたのはたったの二回だ。しかも彼女は見事にひとくくりで三翼≠ニ口にする。
「づつないのぉ」
 テーブルにつきながら光晴は溜め息をつく。
 誰も選んでいないのだからそう呼ばれても仕方がないし、逆に自分以外の名だけが呼ばれるというのも切ない話なのだが、やっぱりあんまりだと思うわけで。
 三人は顔を見合わせて溜め息をつく。
 当の本人がそこらへんは無頓着に近いというのだからさらに切ない。
 しかも、華鬼の生家に行って以来、彼女は明らかに警戒していたはずの鬼に興味を示している。手渡した鍵を使ってくれるかどうか、微妙なところだ。
 華鬼が以前のような殺意を神無に向けなくなったらしいことを敏感に感じ取った三人は複雑な心境で天井を凝視した。今の華鬼は、神無を受け入れたわけではないが、以前と違って闇雲に殺そうとしているわけでもない。
 神無の成長同様に、それは喜ぶべき変化であるはずだった。本当に神無を守りたいなら華鬼以上に相応しい鬼はいないことはわかっているし、花嫁が幸せになることが何より大切ではあるのだが――
「複雑やな」
 なにせ相手が相手だから、素直に身を引く気にもなれない。
「いま帰っとるんか?」
 誰が、とは口にせず、光晴は独り言のように問いかける。
「まだ帰るには早いでしょう。以前なら正午まで出掛けていましたよ」
 料理を前に両手を合わせ麗二が事も無げに返すと、水羽も深く頷いた。
「本当、女には見境がないから」
 散々な評価に光晴は苦笑を返す。華鬼の場合は見境がないというより、こだわりがないと表現したほうがいい。
 加えて言うなら、それら関係の大半は自発的なものではない。
 相手が言い寄ってくるから相手をしているのだ。そして、鬼の花嫁でなければ性の対象とする彼らの主は、外泊こそしないがそれに近いものは頻繁にしていた。
 リフォームされた部屋を考えれば、彼がまだ帰ってきていない確率のほうがはるかに高い。
「まぁ、何や異変があったら駆けつけられるようにしとくとして」
「いただきます!」
 元気に水羽が手を合わせる。さっそく取皿片手に物色し始めたその姿に苦笑がもれる。
 さわり、となにかを感じて三翼がいっせいに天井を見上げた。
 それは奇妙な胸騒ぎ。
 花嫁の危険を報せるものにひどく似てはいたけれど、すぐにあやふやになって感知できなくなった。
 彼らは首を傾げたが、別段それ以上の違和感を覚えずに、奇妙に思いながらも天井から視線をはずして料理を見た。
 そして晩餐が始まる。
 四階の異変≠知ることもなく。

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