机が大きく揺れた。
「ムカつく! ムカつく、ムカつく!! 何だよ、あいつら!!」
 怒りの感情を隠しもせず、男は整然と並んだ別の机を蹴る。広い室内に乾いた音が激しく響いた。
 鬼ヶ里高校には使われていない教室がいくつかある。それらは用務員たちが手分けして管理しており、この教室も例外ではなかった。
 彼が入る前はこの教室も測ったかのように机の並ぶ整頓された一室だった。
 それが、すでに見る影もない。
「――響」
 教室の出口で立ち尽くした男は、遠慮がちに机を蹴り倒す男に声をかけた。
「あいつの花嫁だろ!? それに九翼!? ふざけるな――!!」
 椅子を持ち上げ、響はそれをドアの前に立つ男たちに投げつけた。
「響!!」
 とっさにそれを避けると、柱に当たって向きの変わった椅子が窓ガラスを突き破った。
 男たちは散乱したガラスを飛び越え、さらに椅子を持ち上げた響の手を慌てて押さえつける。
「もうよせよ、響!」
 そう言った由紀斗を、響は睨みつけた。
「ここで暴れたって仕方ないだろ。なんかいい方法考えよーぜ?」
 フォローするように律が響の前に立つ。これ以上暴れると、教師たちに目をつけられて身動きが取れなくなる。これからどう動くにせよ、監視の目は少ないに越したことはない。
「いい方法ってなんだよ?」
 唸るように響は問いかけた。
「九翼は鉄壁だ。それに守られた花嫁を、どうすれば孤立させられる?」
「それは――……」
 言いよどむ律に詰め寄り、響は凶暴に顔を歪めた。
「口ではどう言ったって、結局鬼にとって花嫁が一番のアキレスなんだよ。あいつを苦しめるには、花嫁をいたぶるのが手っ取り早い」
「そう――だけどよ……」
「その花嫁に九翼ついてるんだ。畜生……!」
 響は由紀斗の手を振り払い、そのまま律を突き飛ばす。苛立つ鬼は、机にぶつかって派手な音をたてながら転倒した己の庇護翼を一瞥した。
 そして、不意に視線を廊下へ向ける。
 かすかな気配と共に、すりガラスに二つの影が映し出された。怒りで我を忘れて気付けなかったらしい。
「誰だ?」
 低く問いかけると、気配の一つがわずかに動いた。
「――取引をしない?」
 女の声が逆にそう問いかけてきた。
 響は割れた窓ガラスから廊下を凝視し、そして由紀斗と律に視線をはしらせる。
「その価値があるのか?」
 言葉を選ぶように聞くと、女は小さく笑って空気を震わせた。
「あるよ――あの子をあんた達にあげる」
「鬼頭の花嫁を、か?」
 確認するように響が聞くと、女は再び小さく笑ったようだ。
「そう、鬼頭の花嫁。悪くないでしょ?」
「――そっちの望みは?」
「簡単よ」
 響の問いにそう答え、女は気を持たせるように言葉を切った。
「鬼頭の花嫁、メチャクチャにしてくれない――?」
 ゆっくりとそう囁く声は、憎悪でどす黒く染まっている。見えるのはすりガラスに映るぼやけた影だけだが、その顔を確認しなくともその表情が目に浮かぶようだった。
 きっと醜悪な笑顔を浮かべているに違いない。
 鬼頭に対する私怨か花嫁に対する憎しみかはわからないが、伝わってくる狂気にも似た怒りは、きっと自分とさほど違いはしないだろう。
「いいだろう。手を組もう」
 響もまた、醜悪な笑顔をすりガラスにむけた。

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