無造作に縛り上げた髪が風に流れる。
華鬼の目の前には、小柄な女がいる。十六年以上前に一度だけ見た女だった。どこにでも転がっていそうな、平凡な女。
取り立てて美しくもない、目だけが大きく血走っている、不気味とさえ思える痩せた女。
「ずいぶんと貧相になったな」
侮蔑をこめて、華鬼は女に声をかける。
昔はもう少しマシだった。美しい女ではなかったが、こんなにもみすぼらしくはなかった。
「お母さん……!」
はるか後方から絞り出すような声で、少女が叫んでいる。
必死なのだろう声が耳障りでならない。庇護翼に守られることなく生き延びた花嫁。まさかこの娘が、生きてここへ来るとは思ってもみなかった。
堕落し闇に埋もれるか、自ら死を選ぶとふんでいたのに。
どうして今まで生きている?
苛立つ。
死ななかったのなら、殺せばいい。花嫁を殺した鬼は例がないが、自分がその先駆けとなればいい。
難しい話ではなかった。
この吐き気さえ覚えるような苛立ちを少しの間でも忘れられるのなら、花嫁の一人ぐらい殺してみせる。きっと大して心は痛まないだろう。
切り刻んで校舎からつるしたところで――何も感じない。
ただ、胃がよじれそうになるほどの苛立ちから、ほんのひと時、解放される程度だ。
たいした事じゃない。
印を刻む女など、誰でもよかったのだ。
たまたま目の前に女児を宿す女がいた。命と我が子を天秤にかけさせたら、女は自分の命をとった――それだけの話だ。
誰だってよかったのだ。
華鬼は腕を振り上げる。
どちらを殺す?
まず始めに、どちらを先に殺したほうが気が晴れる?
母か、娘か。
華鬼の瞳がわずかに金色を帯びたとき、目の前の女が一歩踏み出した。
「神無をかえして」
女は華鬼を見詰めたまま、小さいが鋭い声でそう言った。
その声が聞こえたのだろう神無が、驚いたように立ち止まった。
「神無をかえして。あたしのたった一人の娘なの――」
母は、一度として神無に微笑みかけたことはない。まるで何かを恐れるように、視線を合わせることすらなかった。
その母が、華鬼から視線をはずし、初めてまっすぐ神無を見詰めていた。