始業式直前に真新しい制服に着替えた神無は、担任に言われるまま席についていた。
 一年五組。
 私立鬼ヶ里高等学校は一クラスが平均で二十人編成である。しかし、どの学年も十クラス以上ある。巨大な校舎にゆとりある教室――名門″mZに入学するには、それなりの財力、知力、体力を有する。
「で、朝霧さんはどちらの高校から?」
「お父様のお仕事は?」
「得意な科目は?」
 神無が無反応なことに別段気をとめた様子もなく、級友たちは小鳥のようにさえずっている。
「ねぇ、それより」
 神無を囲むようにしていた少女たちの輪に、別の少女が割り込んできた。
「始業式の木籐先輩の言葉」
 少女の一言に、皆がいっせいに口をつぐんだ。
「あ、それオレも気になってた」
 ピッと手を上げ、少し離れたところにいた少年が口を挟む。
「結婚ってマジで?」
「冗談でしょ」
「だよな〜高校生が結婚なんて、フツーしないって」
「けど、始業式で言ったんだよ? 木籐先輩、そういう事ふざけて言うタイプじゃないよ」
「ふざけてなかったら何? マジで今晩結婚式?」
「ありえねぇ〜」
「てゆーか、相手誰よ」
「木籐先輩って、副会長の須澤先輩と付き合ってるって――」
「書記の大谷先輩とだろ」
「執行部の間宮先輩とだって聞いたけど」
「え〜泉先輩だろ〜」
 それぞれに学園をにぎわす女生徒の名を次々とあげ、級友たちは顔を見合わせた。
「誰が本命?」
 そしてもっともな意見にたどり着く。
 誰とも噂があった。実際、いま名の上がった女生徒とも付き合っていたし、名の上がらなかった女とも付き合っていた。
 木籐華鬼の女癖の悪さは有名だ。
 来るものを拒まず、去るものは追わず。これで女関係で一度も修羅場を演じたことがないというのだから、ある意味たいした器なのだろう。
「けど、さ」
 少年が小首をかしげた。
「先輩言ってただろ。花嫁が届いたって」
「ああ、言ってたな」
「なんかそれって、すごくやな言い方」
 少女が言葉を濁した。
「そうだよな、普通言わない」
 こっくりと少年が頷く。
「まるでそれって、荷物≠ンたいだ」
 彼の言葉に、明らかに不愉快そうに遠くはなれた少年が溜め息をついた。
 輪の中心にいる神無を凝視して、さらに盛大な溜め息。
 神無は先ほどから輪の中心にいるというのに、まったく何の反応も示さない。問われたことにも答えていない。
 それがどれほど異様なのか、このクラスの人間は誰一人気付こうともしない。
 その事実がどんなに悲しいことなのかも。
水羽みなは?」
 友人に呼ばれ、少年は神無から視線をはずした。
「どした?」
「どうしたもこうしたも………」
 そう言って、再び盛大な溜め息。
 明るい栗色の髪をうるさそうに掻き揚げる。その少女と見間違うほど可憐な容姿に、友人は一瞬言葉をなくした。
「お前………」
「ん?」
「女だったら本当によかったのに」
「あぁ、はいはい。ごめんね、ついてて」
「本当にな」
 心底そう言われて、水羽は苦笑した。
 ちょっとかわいい格好をして街中を歩けば、老若男女問わず、うるさいほど声をかけられる。大半はナンパ。たまにモデルをやらないかとか、割のいいバイトを紹介する等の怪しい勧誘もある。
 大きな瞳に長い睫毛、小さめの鼻と唇は小柄なその容姿をさらに幼く見せる。実際、中学生と間違えられることなどしょっちゅうだ。
 皆の視線が釘付けになる小悪魔的なかわいさの水羽は、どこに行っても人目をひいた。
 故にいかがわしいお兄さんやお姉さんに路地裏に手招きされたことも数限りなく。
 ただし、本人はそんなことなどまったく気にとめた様子はない。
「なんかさぁムカつくよね」
 さらっと毒をはらんだ声で、水羽がすがすがしく笑った。
「は?」
「木籐華鬼。本当ムカつく。庇護翼バカにしくさって、偉そうにふんぞり返ってんじゃねーよって感じ?」
「は!?」
「いやいや、こっちの話」
 天使のごとき微笑だが、言っている内容はかなり物騒だ。しかし、水羽の魅惑の微笑で友人はすっかり思考回路を停止させていた。
「後悔させてやる、華鬼。三翼の力、ナメてんじゃねーよ」
 愛らしいとさえ評される微笑で、水羽はそうささやいた。
 鬼に差し出される哀れな花嫁を見詰めながら。

Back   Top   Next