=三、四人目=

「あら、なにをしてるんですか?」
 声をかけつつやってきたのはもえぎである。光晴はおいでおいでともえぎを手招いた。
「ハロウィンやろ? せやから、ハロウィンイベント!」
「まあ」
 と、嬉しそうに声をあげたもえぎは、
「トリック・オア・トリート。お菓子をくれなきゃいたずらするぞ」
 上機嫌にそう口にした。
 光晴はよろよろと後退り、くっと喉を鳴らして顔を逸らした。
「なんやめっちゃスムーズ……!!」
 どうやらいたく感動しているらしい。バッと顔を上げた光晴は、ハロウィンにふさわしい緑とオレンジのパッケージを手渡した。
「これアメちゃんな。奥に衣装があるから着替えてくれるか?」
 光晴にうながされて部屋の中を覗き込んだもえぎは、魔女姿の神無に「あら」と笑顔を浮かべ、ジャック・オー・ランタンをかぶった華鬼に目を丸くした。ふんわりと表情を崩したもえぎは「楽しそうですね」とハンガーラックに近づいていく。もえぎが衣装を選んでキッチンの奥に消えたところで水羽がやってきた。
「あ、いいにおいがする。コーヒー飲んでるの?」
 鼻をひくつかせた水羽は、場違いなほど派手な格好の光晴に顔をしかめる。
「なにそれ。学芸会でもやる気?」
「なに言っとるんや、ハロウィンやろ、ハロウィン! トリック・オア・トリート!」
「……ハロウィンねえ」
「トリック・オア・トリート! はい、続けて」
 怪訝な顔で口をつぐんだ水羽は、室内を覗き込んで「あっ」と小さく声をあげた。カボチャをかぶってソファーの隅に腰かける華鬼とその隣に陣取る魔女の神無を見て何度も目を瞬いている。
「水羽! トリック・オア・トリート!」
「――トリック・オア・トリート。神無をくれなきゃ暴れちゃうぞ」
「やらんわ――!!」
 光晴が吼えた。
「えー。暴れちゃってもいいの?」
「あかん! あかんけど神無ちゃんもだめや。アメちゃんで我慢せい」
 銀色のラッピングをした小袋を無理やり押しつけ、光晴は水羽も部屋に引っぱりこんだ。足を止めた水羽は神無に手をふってから、着替えをすませて奥からやってきたもえぎに驚きの眼差しを向ける。濃紺の制服には金の三つボタンが輝き、肩には白いモール、タイトスカート、特徴的な丸みを帯びた帽子――もえぎが選んだのは婦人警官のコスチュームだった。
「わー、もえぎ似合うね」
 水羽は素直に感嘆の声をあげる。
「一度着てみたかったんです」
 ころころともえぎが笑った。もえぎのような警官が警邏してくれる町は、きっと平和に違いない。そんな雰囲気だ。
「え、これ光晴が集めたの? うわー、暇人!」
 ハンガーラックに目を留めて水羽はうなった。
「ほっとき。さっさと気に入ったもんに着替えんかい!」
 光晴がマントをひるがえして怒鳴る。はあい、と、返事をした水羽は神無と華鬼が手にしているカップを見た。
「いいなあ、おいしい?」
「すぐに淹れます」
 立ち上がった神無は、先刻華鬼がやった手順を思い出しつつコーヒーメーカーの前に移動した。カップをセットしてエスプレッソを淹れ、チョコレートシロップを入れる。牛乳をあたためるために使ったボタンはどれだったか――指先を彷徨わせていると、再びずいっとジャック・オー・ランタンこと華鬼が背後に立った。びっくりして硬直する神無を無視しててきぱきと動く。さっき自分用に入れ要領を得たのか、生クリームの上にチョコレートシロップで書かれた線まできれいで、神無の口から小さく感嘆の声が漏れた。
「ありがと。……華鬼っていったん座ったら絶対動かないタイプに見えるのに、意外とこういうことマメにうまいよね」
 カップを受け取って、水羽もまた感心している。じろりとジャック・オー・ランタンが水羽を睨むが、どこ吹く風である。
「ありがとうございます。あら、おいしい」
 椅子に腰かけ続けてカップを受け取ったもえぎは、一口飲むとほっと息をついた。改めてカフェモカを見つめ、お店が開けそうですねえとのんびり意見する。接客をする華鬼というのがどうにも想像できないが、店にいるだけで女性客が大挙して押し寄せてきそうだ。無愛想でもマイペースでも、そういうものとして受け入れられるのが華鬼だから、きっと店は繁盛するに違いない。
 どかりとソファーに腰かける華鬼を見てそんなことを考えていると、職員宿舎別棟の最後の住人がダイニングキッチンへやってきた。



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