=五人目=

「ふははは! よく来た、子どもたちよ!」
 若草色のマントをひるがえし、光晴が彼流の決まり文句を口にする。
「……私のほうがだいぶ年上の気がしますが」
「そこはスルーや! スルー!!」
「……なにをやってらっしゃるんですか?」
 胡散臭いと言わんばかりに麗二が光晴を見る。金色のラッピングがされた小袋が一つだけ残された編みカゴをかかげた光晴は、派手な服を指でつまんで胸を張った。
「見てわからんのか。ハッピーハロウィンやろ!?」
「もともとは悪霊を追い出すお祭りなのに、なぜ“ハッピー”とつくようになったんでしょうね」
「そ、そういう話とちゃうねん。お祭りは全力でのっからなあかんねん」
 ハロウィンイベントをしようと光晴が一番はじめに声をかけたのは、もしかしたら麗二だったのかもしれない。強制参加させようとした背景をなんとなく想像していると、麗二と目が合った。一度ゆっくりと目を瞬いた彼は、すぐににっこりと笑みを浮かべた。なんとなくぎくりとしてしまう表情だ。
「トリック・オア・トリート! はい、続けて麗ちゃんも!」
「トリック・オア・トリート」
「お菓子をくれなきゃいたずらするぞ! はい!」
 最後に残った金のパッケージをちらつかせて元気に光晴がうながす。なんだかすっかり別のイベントのようになっている。
 麗二がすうっと息を吸った。
「――もえぎさんと神無さんをくれなきゃ、」
「麗ちゃんもそのパターン、って二人もか!?」
「拗ねますよ」
 目が据わった。光晴がよろめく。
「面倒臭っ」
 光晴の口から漏れたのは実に素直な一言だ。立ったままずずっとカフェモカをすすった水羽も「拗ねた麗二は手に負えないよね」と同意している。
 光晴は顔の前で手をひらひらとふった。
「あかん、あかん。今日はそういうイベントちゃうねん。お菓子しかやらん」
 最後の小袋を麗二に渡して手招く。
「そこに服があるから好きなのに着替えて……」
 光晴の言葉を無視するように、麗二が大股で歩いてくる。彼は神無の姿に目を細め、「魔女ですか」としみじみと口にした。
「かわいいですね」
「あ、ありがとうございます」
 会釈すると麗二の視線がもえぎに移る。ピンと背筋の伸びた婦人警官コスチュームのもえぎをまじまじと眺め、
「私を捕まえてください」
 なんだか返答に困る一言を吐いた。
「なにおっしゃってるんですか。もうとっくに捕まってるじゃありませんか」
 もえぎは楽しそうに笑う。切り返しが意外すぎて神無が目をぱちくりさせていると、もえぎはハンガーラックを指さした。
「物理的に拘束されるのがお好きなら囚人服もありますよ。拘束具つきです」
「至れり尽くせりですね」
 ――夫婦の会話はよくわからない。革と鎖で作られた拘束具つきの囚人服を手にいそいそとキッチンの奥に向かう麗二の背に、神無が困惑の視線をあてる。
「水羽もさっさと着替えんかい」
「別に着替える必要ないんじゃない?」
「一人だけ違う格好しとる気か?」
「うーん」
「ほら、行った行った」
「わかったよ」
 渋々とカップをテーブルに置いた水羽はハンガーラックの前をうろうろしはじめる。一枚ずつ確認しつつ選んだのは、赤い裏地の黒マント、白いシャツに赤ネクタイ、黒のパンツという吸血鬼スタイルだった。
「神無が魔女なら、当然、僕は吸血鬼だよね」
「それちょっと大きめやで」
「いいの!」
 きっと光晴を睨んで水羽がキッチンの奥に消える。入れ替わるように拘束具をまとったいかがわしいことこの上ない麗二がやってきた。拘束具といっても完全に体を固定するものではなく、鎖で繋がれているぶんだけ体の自由がきく。だが、見た目が怪しすぎる。
「麗二様、よく似合います」
「そうですか?」
 ――夫婦の感覚もよくわからない。にこにこと言葉を交わすもえぎと麗二に神無が困惑していると、いったん部屋から出ていった光晴が、大きな保冷ボックスを両肩に下げて戻ってきた。神無がきょとんと見ていると、キッチンに運んで蓋を開ける。中にはパックに入った肉やサーモン、野菜、カボチャ、フランスパンが入っていた。
「これは?」
 麗二が尋ねると光晴がよく聞いてくれたと言わんばかりにうなずいた。
「食材や。ハロウィンやし」
「食材ではなく出来合を買ってきたほうがよかったんじゃないですか? わざわざ作っていただくのも……」
「なに言っとんねん。今日は俺らがもてなす日じゃ。いつも作ってもらっとるんやから」
「――つまり、自分一人ではおぼつかないので無理やり私たちを巻き込んだ訳ですね?」
「い、いや、その、こんなにたくさん食材買うつもりはなくてな? けど、店に行ったらいろんなものが売っとるやん? カート押して店内歩き回ったらいろいろほしくなるやん? 車に積み込んで帰宅するときに買いすぎたことに気づくやん?」
「なんですかそれは。どんな言い訳ですか」
 普段、食品売り場を歩き回らない光晴は、店内の雰囲気に触発されて理性を失っていたらしい。麗二に詰め寄られて光晴が逃げ腰になる。
「僕、料理できないけど」
 吸血鬼の衣装に着替えた水羽が、適当に濡らした髪をオールバックに整えながら歩いてきた。シャツは大きめでパンツの裾も折られている。マントはかろうじて引きずっていないが、どう見てもサイズが合っていない。
「おお、なんや七五三みたいやな!」
「――そんなこと言ってると手伝ってあげないよ」
「冗談や! ごっつ似合っとる。よ、色男!」
「ったく、調子がいいんだから」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも光晴と水羽が二人で食材を取り出しはじめる。仕方ないと言わんばかりに麗二が手伝うのを見て神無が腰を上げると、
「神無ちゃんは座っといて! こら華鬼、お前はこっちにこんかい!」
 光晴が神無を制し、華鬼に怒鳴る。が、華鬼はぷいっと横を向くだけで、神無の隣に腰を落ち着けたまま動こうとしなかった。騒がしい空間は得意ではないだろうに、たまにカボチャを持ち上げてはカフェモカをすすっている。
「華鬼、ねえ、手伝ってよ! タマネギ切るの苦手ーっ」
 包丁を持った手で目をこすりながら水羽が叫ぶ。
「なぜ一人で優雅にコーヒーを飲んでるんですか? 男子厨房に入るべからずって暮らしてきた私も料理をしているのに華鬼ときたら……」
 麗二がぶつぶつ言いながらまな板に置かれたジャガイモを勢いよく切っていく。
「麗ちゃん! ジャガイモは皮を剥いてから切るんや!」
「――剥いてるじゃないですか」
「皮むきって、それどこ食べる気や!? 刻んどるんとちゃうんか!? か、華鬼! 早う手伝わんかい!」
 声をかけられるたびに華鬼の苛々が増していく。
 そしてとうとう腰を上げた。
 部屋を出ていこうとする華鬼のシャツを、神無がぐっと掴む。すると彼はぴたりと動きを止めて、カボチャ越しに神無を睨んだ。
 せっかくなら、みんなで食事をしたい。
 楽しい空気を壊したくない。
 無言のまま懇願の眼差しを向けると、華鬼は逡巡するように間をあけ、いったん天井を仰ぎ見てから再びソファーに座り直した。
 神無はほっと胸を撫で下ろす。けれどシャツを掴む手は放さない。狼狽するような気配が隣から伝わってくるが――見おろされている気配もするが、神無は男三人が押し合いへし合いしつつ調理を進めるキッチンへと視線を固定しつつ華鬼にぴたりと寄り添った。
 しばらくすると華鬼の体から力が抜けた。
 やがて、布越しにじわじわと伝わってくる熱に、今度は神無が居心地の悪さを感じはじめた。
 少し、ドキドキする。
 手を放したほうがいいのかもしれない。
 けれど、そのタイミングが掴めない。
 そうして彼女は、奇妙で個性的な料理が作られていくあいだ、彼の困惑をよそに、彼の隣でその服を掴み続けるのだった。

=了=



  ←Back  記念書き下ろし短編ページTop→