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 映画の内容を要約すると。
 キャンプに出かけた男女六人のグループが、山中で雨に降られて廃村に迷い込み、ゾンビと死霊に襲われる、というものだった。
 三分に一度は誰かが叫んでいる。木の棒や石といったシンプルな得物で戦うシーンも多く、体力は底なしと言わんばかりに走っている。それを見て神無はただただ感心していた。危険な場所には近づかないことが信条の神無では、とても生き残れそうにない。
 神無は実体験と照らし合わせつつ夢中で映画を観る。
 一方の三翼はというと――。
 水羽はひたすら厚焼きせんべいを頬張っていた。菓子器のせんべいがからっぽになる勢いだ。
「み、水羽、わりとグロいシーンあるのによう食えるな」
「んー?」
 もぐもぐと口を動かしてさらに一枚。
「だってあれ、作り物だし。それに死んでるのゾンビだし……って、そこ! ああ! なんでそっちに逃げちゃうかなあ」
 いきなりソファーから立ち上がった水羽は、拳を突き上げ声を荒らげる。
「水羽は元気がええな」
 どんどん入り組んだ道に進む若者たちに歯噛みする水羽に光晴がうめくと、脇道からいきなり別のゾンビが現れた。巻き起こる悲鳴、女の子の一人が振り回した棒が運よくあたり、ゾンビの首があらぬ方向に曲がる。
「……っ……!!」
 声にならない悲鳴をあげたのは麗二である。体当たりされた光晴が、ソファーに座り直した水羽もろとも横倒しになる。
「ちょ! 麗ちゃんホラー苦手なんか!? 医者なのに!?」
「き、気持ち悪いんです!」
「気持ち悪いって……」
「作りが雑なんです! どうして大動脈がびろびろと伸びるんですか!? 気道とか、骨とか、どう考えても不自然な配置でしょう! あれでは背骨が体の正面になります!」
「そっち!?」
「見てください、あの心臓の位置! どう見ても胃ですよ、胃!」
 ひいいいっと、麗二がらしからぬ悲鳴をあげる。
「ゾンビと悪霊を敵対させるほうが問題だよ。これじゃただの武力抗争……ああ! だからそっちじゃないってば! どうして敵に向かっていくの!」
 空中には悪霊、地上にはゾンビ、プラス、逃げ惑う若者たち。悪霊とゾンビの抗争に巻き込まれた若者たちは、映画開始からずっと叫びっぱなしだ。
「光晴さん! 見てください、あの不自然に飛び出した肋骨を! 本数が多いんですよ!? スタッフはちゃんと仕事をしてるんですか!?」
「だから、逃げるだけじゃなくて戦わないと! そこ! ストレート!! ああもう! そこではずす!?」
 映画一本に大騒ぎである。
「麗ちゃん、水羽、落ち着き。これは映画や! 割り切って黙っとり! み、見てみい、神無ちゃんなんか前のめりやないか!」
 自分が話題にのぼっていることなどつゆ知らず、ぎゅっと膝をかかえたまま神無は熱心に映画を観ていた。若者の中で一人だけ、体が小さくて腕力も体力もない女の子がいた。優柔不断だから皆から遅れ、霊感が強いせいで過剰なほど怯える。誰がどう見てもトラブルメーカー≠ニいうなんとも歯がゆい立ち位置のキャラである。
 そんな女の子が、ぎりぎりのところで器用にピンチをすり抜けていくのだ。目から鱗だった。こうして危険を回避する方法があるのかと、神無は驚きつつ熱心に女の子の姿を目で追った。
 映画は三時間の大作だった。
「人体の不思議はさておき、……ホラー映画なのに誰も死にませんでしたね」
 と、麗二が呆気にとられる。
「神無が好きなら僕もなんか借りてこようかなー」
 エンドロールまで食い入るように見つめる神無に気づいてそう語るのは水羽だ。映画を観ながらさんざん暴れたせいですっきりとした顔である。一方の光晴は二人をなだめるのに必死で、映画が終わったとたん、ぐったりと項垂れていた。
 そんな中。
 初の映画鑑賞を終えた神無は、一人闘志に燃えるのだった。



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