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 神無は映画には縁がない。
 母と暮らしていたアパートにはデッキどころかテレビもなく、映画館は“危険”なため足を踏み入れたこともなかった。薄暗くなった室内で、神無が内心でそわそわしながらあいているソファーの真ん中に座ると、それぞれ湯呑みを手にしつつ神無を挟んで右側に麗二、左側に水羽が陣取った。
「ちょ、なんで神無ちゃんの隣に座っとるんや!? 俺の場所は!?」
 リモコンとデッキ相手にしばし格闘をした光晴は、振り返るなり悲鳴をあげる。
「実に残念なことに、このソファーは三人掛けです」
「光晴は別のソファーね。ほら、右と左に一脚ずつあるから好きなほうに座っていいよ。広々していいでしょ」
「嬉しゅうないわい! こういう場合は公平にじゃんけんやろ!」
「あ、光晴さん。はじまりましたよ」
「え、でも俺の座る場所……」
「ほら、光晴移動して! そこに立ってると神無が見えないでしょ」
「…………」
 ぐっと上体をのけぞらせたあと、光晴はすごすごと床に体操座りをした。大きな背は哀愁たっぷりだ。床でのの字を書く姿を見て神無が慌てる。
「あ、あの」
 声をかけて腰を上げると、しょぼくれた光晴が顔を上げた。
「ん、どないしたん?」
「座りますか?」
「え?」
 驚く光晴の腕を取りソファーに誘導する。よろよろと光晴がソファーに腰かけると、神無は光晴が座っていた場所に腰を下ろして膝をかかえた。
 ――なんとなく落ち着く体勢だ。神無は満足してほっと息をつく。
 光晴はソファーに座りたがっていた。そして神無は、床に座るのが嫌いではない。部屋の隅で体操座り、というスタイルが定着していた神無にとって、ふかふかのソファーより床のほうがずっと慣れているのだ。
 そんな神無とは正反対に、なぜだか麗二と水羽に挟まれつつ座ることになってしまった光晴は、鋭い視線を左右から浴びて冷や汗をかいた。
「ち、ちゃうから! これは俺の意志やないから! ふ、不慮の事故的な……っ」
 両手をふって主張するも冷たい視線はいっこうにやわらがない。そうこうするうちにテレビには廃墟に似た一軒の家が映し出された。
 ソファー組の剣呑とした空気も気づかずに、神無は英語のタイトルが表示される画面をじっと見入った。
 はじめての映画館鑑賞である。



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