『夏ホラー』
1
「じゃーん! 夏っちゅーたらこれやこれ!」
光晴が声を弾ませリビングに飛び込んできた。手には黒っぽい小箱が握られている。
「なにそれ」
昼食をとって三十分とたっていないのに、尋ねる水羽は厚焼きせんべいをかじっていた。小首をかしげる水羽の隣で、麗二がカレンダーを指さす。
「光晴さん、今は九月です。こよみの上ではもう秋ですよ」
「麗ちゃんノリ悪いなあ。夏といえば!」
「かき氷」
「水羽は食欲やな。はい、麗ちゃん夏といえば!?」
いつになくテンションの高い光晴につきあう気になったのだろう。仕方ないと言わんばかりに麗二が一つ息をつく。
「夏にビデオとくればホラー映画ですね」
「ビデオやない、ブルーレイや、ブルーレイ。クリアな画質、脅威のサウンド! そして、夏や!!」
「えー、夏といえばお祭りじゃない。花火とか、縁日とか、キャンプもいいなあ。キャンプファイヤーの途中で抜け出すとか定番だよね。あとは蛍狩に……」
「夏といえば浴衣に水着だと思いますが」
指折りかぞえて答えていた水羽が、麗二の言葉に苦笑しつつ菓子器に盛られた厚焼きせんべいに手を伸ばす。
「うーん。それも好きだけど、さすがにちょっと露骨すぎでしょ」
ちらりと振り返られ、キッチンで一人お茶の用意をしていた神無は思わず手を止めた。浴衣も水着も持っていない。お祭りも行ったことがないし、縁日のように人の多いところなんて危険が多すぎて近寄ったことすらない。花火は遠く音を聞くだけ――意見を求められてもうまく答えることができず、神無は固まってしまう。
あけすけな下心に不安を覚えて神無の様子を気にしていたのだが、そうと気づかない彼女は必死で夏のイメージをひねり出している最中だった。
「ほら、神無が引いてるじゃない。麗二がいやらしい想像してるから」
「――なにをおっしゃってるんですか。海のレジャーで健康的に夏を謳歌し、夜は浜辺で花火ですよ。いやらしいことなんてこれっぽっちも」
能面の笑顔で告げられる麗二の言い訳に耳を傾けながら、神無はお盆に湯呑みをのせる。浜辺で花火なんて、映画のワンシーンのようだ。なんとなく遠い世界のできごとのようで、やはり神無にはぴんとこなかった。
「あかんあかん。九月に入ったんやから海はなしや。気温さがっとるし、風邪ひくやないか」
「では温水プールで」
「麗ちゃん! 話の腰折らんといて! 今日は映画鑑賞会! 夏っちゅーたらホラー!!」
光晴が仁王立ちでブルーレイを構える。
水羽が厚焼きせんべいを咥えたまま首をひねった。
「もう夏休みも終わってるけど」
「水羽も突っ込み禁止! 九月は残暑や! まだぎりぎり夏や!」
意気込む光晴は、どうあっても映画が見たいらしい。テーブルの上に湯呑みを置きながら、神無は光晴の手元を見る。溶けかけたゾンビと逃げ惑うヒロインらしき女性、バックには寂れた家と真っ暗な森――映画のタイトルは『死霊ゾンビ』とB級感たっぷりだ。
「……死霊にするかゾンビにするか決められなかったの?」
「いいとこ取りやん」
「これ絶対、助かったと思ったら実は町全体にゾンビがいたってラストでしょ」
光晴からブルーレイを受け取った水羽がしょっぱい顔になる。
「んじゃこれから鑑賞会な!」
意に介さず、光晴はわくわくとカーテンを閉めた。