act.56  減ったなあ


 クイーン・ロザンナ号に辿り着き、トムとジョニーは顔を見合わせた。海賊に襲われたのだからある程度の損傷は覚悟していたが船はほとんど無傷と言ってもいい。乗員がさほど抵抗しなかったことの証明のようだった。
 わざわざ着岸させていかりまで下ろしているところを見ると、後々この船を回収する気なのかもしれない。
 思わずあたりを見渡してから、人の気配がないことに安堵して甲板に上がった。
「あれ、エリオットは?」
 先に甲板にあがった男の姿がそこにはない。そうして、川沿いに同じ方向に進み、確実に船を目視しできたはずの主人の姿がないことにも首をひねった。
「クラウス様もここにいると思ったのになぁ」
「陸路より水路のほうが速いのに……」
「……」
「……クラウス様って……」
「いや、方向音痴じゃないはずだ」
「でも、いないってことは」
「二人じゃ船動かせないと思って、そのまま魔獣に乗ってったんじゃねーのか?」
 クラウスはレイラとともにリスティ救出にむかっている。市で買った子どもたちもおそらくいまだに海賊船の中だろう。ちゃんと三人を助け出せるのかどうかを考えると不安になった。
「……どうする」
「そりゃ、行きてーけど」
 乗船直後はあれほど華やかだった船はすでに海賊に荒らされ、積み荷の一部が散乱したまま放置されている。そこからも当時の混乱が容易に想像できた。救出に向かうなら早いほうがいい。本当なら二人も主にならって海賊船を追うべきなのだ。
 だが、不吉なことを言う半裸の男の言葉に耳を貸さないではいられない。
「こっちも、ほっとけないだろ」
「……英雄になれるかな」
「なれるかもな。女どもはお前の英雄談を聞くために一列に並んで待ってるぜ」
「おぉ〜」
 相変わらずジョニーはこの手の話題に弱い。ちょっと不憫に思いながらもトムは操縦室を探して視線を泳がせる。
「甲板にあった荷物もごっそり持ってきやがったな」
「木箱のか」
「武器とかもねーし」
「船員もいねーし?」
「ついでに乗員もいねーとくらぁ、見晴らしが良すぎるな」
 頷きあうと背後から黒い影が覆いかぶさるように現れた。船内に続くドアが軋みをあげた瞬間、二人はワタワタと振り返って身をすくめた。
「……なんだ?」
 ボタンをはめながら、妙な格好で固まるトムとジョニーを見てエリオットは太い眉をしかめている。襟を整えると脱力する二人を怪訝そうに見詰めて肩をすくめた。
 どうやら船内で服を探していたらしい。
 あまりにも似合わないレースをふんだんに使った服を着た彼は、不満げに溜め息をついた。そして、目を丸くする二人を避けるように踵を返す。
「言っとくが、他に服がなかったんだ。好きで着てるんじゃない」
 上質な生地で仕立てられた服とズボンは思い切り彼に似合っていない。広い背中を眺めながら、確かにあの肩幅では合う服を探すのは難しいだろうと納得した。
 多少違和感は残るが、これで彼もようやく人並みに服が着られたのだ。
「よかったんじゃねーか?」
「裸で歩き回るわけにはいかねぇし、……えーっと、で、ニュードルに向かうんだよな?」
 多少後ろ髪ひかれながら問うと、エリオットは迷いなく頷いた。連れ去られた人間の救出はクラウスとレイラに任せるしかない。
 不安は多々あるが、戦闘にはまったく役に立たないトムとジョニーは、ひとまず当面の目標をリンゴ畑に絞ることにした。
「ま、クラウス様のことだ。大丈夫だろ」
 普段は小うるさい小姑王子も旅好きとあって護身術を一通り身につけている。まったくそうは見えないが、剣の腕もそこいらの剣士よりよほど上だ。
 そのことを再確認する。
「ニュードルに向かうか」
「よし」
 不思議そうに視線を向けてくるエリオットに大きく頷く。第四王子とはいえ、彼は大国の王の直系だ。本来なら身を盾にしてでも守らなければならない尊い血筋だ。
 だが、ここで迷っている場合ではない。
 選択できる未来がひとつなら、最良と思える道を選ぶしかない。
 覚悟を決めて操縦室に向かって足を踏み出す。
 その直後、森の一部が光を放った。
 強烈な光は大きく広がり、瞬く間に収束した。ほとんど条件反射でその方角に視線を向けた三人は、何かの気配に肌をあわ立てる。
 何かがいる。
 獣でもなく、キメラでもなく、ましてや人でもないなにか≠ェ。
 川をさかのぼったその先にはクラウスたちが向かっていた。
「――乱世が」
 エリオットがうめいた。彼の危惧がなんであるかを、トムとジョニーはここに来てようやく理解した。
「乱世が来る」
 再びつぶやかれたその言葉に、平穏だった世界がわずかに揺らめいた。


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