act.47 スイッチ
記憶が交錯する。
女の気配を探すようにあたりを見渡していたのが先刻の自分。
トゥエルのあとについて長い廊下を移動していたのはさらに前の自分。
船に揺られるのはさらに前の――
――ダメ……!!
女の悲鳴が鼓膜ではなく心に届く。
不意に要の全身を暖かい風が包んだ。いまだに銀の手鏡を映し続ける要の視線の奥で、闇色のフードをすっぽりとかぶった人物がゆっくりと動いた。
伏せがちだった顔が上がっていくと、口に刻んだ笑みがいっそう深くなる。
闇が手を持ち上げた。
伸ばした指がないはずのガラスの内側を探る。
すぐに微笑んで、指がするりと空気に触れる。要は身じろぎもせず、その光景を双眸に焼き付けていた。
空気に触れた指先へ何かが集まっていく。
手首が銀の手鏡から抜け、漆黒の外套が音をたてながら空気に流れる。
躊躇いなくのばされた白い指の隙間から凍てついた笑顔がのぞいていた。引き結ばれた唇が切れるように開いた。
――やめて!!
悲痛な女の声が響く。それとはひどく対照的に、銀の鏡は唇を動かした。
――我が力の源。
のびてくる手が風をすり抜ける。
――最良の器、至高の力。
――お願い、やめて……!!
――世界は、混迷の一途を辿ろう。天地創造を今ひとたび。
指先が要に触れた。
その瞬間、何かが大きく膨れ上がって音もなく弾けた。
「おい、どうした!?」
ラビアンの声がどこか遠くから聞こえた。彼女からすれば、今まで平然としていた少年がいきなりよろめき、そして座り込んだように見えるだろう。
手鏡を要に向けていたトゥエルも驚いた顔をしている。全身を包んでいた柔らかな風が瞬時に掻き消えた。
脳天に響くような不快な音が木霊した。
「おい!」
ラビアンが要の腕を取り、激しく揺さぶった。
「どうしたんだ!? 大丈夫か!!」
要はつかまれた腕を剥がして動揺する彼女に視線をやった。
カチリと、何か不思議な音が心の奥底で響いた。
混乱する思考が冷徹なそれへとすげかわる。
「……大丈夫」
ささやくようにラビアンに返し、要は作り笑顔を彼女に向けた。
返答を聞き、安堵するその姿が面白おかしかった。
――大丈夫。
要の心の内側で、そう嘲笑する声があった。
――世界を破壊するなど、造作もない。
偽りの笑顔の裏で病的な嘲笑が続く。
それがピタリととまった。
――アルバ神に奪われた力、取り戻さねばならんな。