act.42 早いね


 ザカザカと半裸の男が前を行く。
 暴君のお蔭で半裸の男に付き添うことになったひょろ長ノッポと髭面の男はそれを必死で追いかけた。
 彼が探しているのはどうやら海賊船らしい。
 姿がいかがわしいのならその目的もいかがわしいのだが、男から離れる事もなく従者二人は競歩まがいの男を追った。
「は、早い……!!」
「しっかりしろ、トム! ここが正念場だ! オレたちはクラウス様の遺志を継ぐために歩いてるんだ!」
「おおジョニー! なんて心強いんだ、相棒!!」
 ちなみにこの二人、先刻から半ばヤケになって息を切らせながら遊んでいる。
「お前がここで倒れたら、酒場のメアリーが悲しむぞ!」
「酒場はイヴだ! メアリーは花売りの80歳の婆さん!」
「お前と一緒に墓に入りたいって泣いてたんだ」
「おおメアリー! オレは孤独を愛する男なんだ! お前といっしょには逝けないッ」
 髭面の小男は立ち止まり、片膝を折って片手を空にのばし、片手を胸においてビシッとポーズをキメた。
「くぅ! 格好いいじゃねぇか、トム!」
 ジョニーが感極まったように鼻をすする。大げさにつぶらな瞳に涙までためている。
「……いや、80の婆さんと一緒に墓には入りたくないだろ、普通」
 まだ若いんだしと、不意に三つめの声が割り込んできた。
 声の主は少し前方で立ち止まり、呆れたような視線を向けてきた。ようやく反応があったと内心安堵しながら、従者二人は新たな仲間を見た。
「トムは心が広いんだ」
 そう言ってひょろ長男は髭面の男を見た。
「そうそう。80歳の婆さんだろうが10歳の嬢ちゃんだろうが分け隔てなく手を握る」
「男前だなぁ、トム」
「褒めるなよ、ジョニー」
「手ぐらいオレも握れるぞ」
 二人の会話に男は再び口を挟む。
 従者たちはわざとらしく目を見張った。
「おお、じゃぁお前も勇者だ!!」
 立ち上がってトムは彼に近付き、その手を取って激しく振り回すような握手をした。
 なんだか訳のわからないうちに握手を交わし、男は奇妙な表情をする。すかさずトムは口を開いた。
「それで兄弟、オレたちゃどこまで歩くんだ?」
「……エリオット」
「あ?」
「エリオットだよ」
「ああ」
 名前かと、トムが納得する。
「オレがトムで、コイツはジョニー」
 ようやく初めの一歩だなと思いながら、軽い口調でそう告げて笑った。
 暴君クラウスのせいで見知らぬ半裸の男と同行する事になってしまったが、男は思っていた以上にまとも≠ネ精神構造の持ち主らしい。
 格好が格好なだけに警戒したが、どうやら危惧に終わりそうだ。
「それよりよ、あんた服どうしたんだ?」
 ぬっとジョニーが首を伸ばした。服もなく手荷物もなく、魔獣を操り森を駆けてきた奇妙な男――エリオットはふっと瞳を細めた。
 その表情は、愁いを通りこして悲愴でさえある。
 彼はガックリと肩を落とした。
「ちょっとなぁ、森でキメラを連れた子供を見かけて――」
「キメラ?」
「……忘れろ」
 いかにもまずい事を口走ったという表情のエリオットに、従者二人は目を輝かせた。
「キメラってあれだろ! 魔術師たちの力の結晶!」
「奇跡の神獣!」
「お前見たのか! すごいじゃないか!!」
「オレも見たいなぁ、キメラ見たら自慢できるかなぁ」
「そりゃできるさ。女どもはお前の話が聞きたくて整列して待ってるぜ」
「おぉおぉ〜」
 焦点のあわない目で、ジョニーがどこか遠くを見ている。見た目そのままにもてない二人は、人よりちょっとだけ妄想が得意だった。
「……キメラの話を聞かないのか?」
 エリオットが小さく呻くように問いかける。トムとジョニーは同じように首をひねってみせた。
「別に関係ないし」
「だよな、トム。聞いたほうがいいなら聞くけどよ。それで、森でどうしたんだ?」
 とってつけたような問いかけに、エリオットは毒気を抜かれたように笑った。
「子供がキメラを連れてた。……それは、たぶん禁呪で生まれたまがい物だ」
「キメラにまがい物? 魔術自体が禁呪だろ。おかしな事ゆーな?」
 トムの言葉にエリオットは苦く笑った。
「禁呪中の禁、秘中の秘。――見間違いならいい。だが、もしあれが本物なら」
 いったん止めた足を、エリオットは再び前に出した。
「本物なら、ワンズに連絡を取ってトゥエル様の耳に入れねばならん。何者かの手ですでに依代が生まれていたんだ」
 まっすぐに前を睨みすえ、エリオットが足早に移動する。それを従者二人は慌てて追いかけた。
「よ、よりしろって何だ?」
「神話の時代の神が降りる――そのための最良の器」
 息をのむトムとジョニーに、エリオットは卑屈な笑顔を向けた。
「乱世が来るぞ」
 男は短くそう言って、神の意思が宿るといわれる川を見詰めた。


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