act.41 眠い
明るくなった空を見詰め、要は溜め息をつく。
ようやく夜が明けた。こんなに長い夜は初めてだなと、年代物のベッドに身を預けたままぼんやりと考える。
今頃、家は大騒ぎだろう。
過保護な母親は、息子が異世界に迷い込んだことすら知らずに警察に乗り込んで見事な啖呵を切っているに違いない。
昔から気の短い人だったと、まるで他人事のように思い出す。近所では理想的な美形家族とやっかみついでに噂されているが、蓋を開けば竹を割ったような見事な性格の母がすべてを牛耳るかかあ天下の代表のような家だ。
「……懐かしい」
たった一日。
されど、今まで生きてきた中で一番長い一日だった。
それがようやく明けて新しい一日が始まる。夢なら覚めて笑い話にもなるだろうが、要はいまだに目を開けても覚めることのない夢の中にいた。
寝起きがいいほうではない彼は、しばらくゴロゴロと布団の中で寝返りをうつ。
褐色の肌の男――王都ルーゼンベルグの若き支配者であるトゥエルの燃えるような瞳が脳裏にこびりついている。
失敗した、と要は本気で後悔していた。
安易に携帯の使い方なんて教えるべきではなかったのだ。乱暴にされ携帯が壊れてしまうのは困ると思ってとっさに使い方を教えたのがそもそも間違いだった。
この世界が自分の住んでいた所とはまったく違うことを知っていたにもかかわらず、余計な事をしてしまったばかりにこんな部屋にいる。
窓には鉄格子がはめてある。
瞳を閉じて耳をそばだて、要はあたりの気配をうかがった。
広い室内には自分以外に二人いたはずだ。その一方はごそりと身じろぎした。
そしてもう一方は――
要は様子を探り、しばらくして体を起こした。
気配すら消し去り女がドアの脇に立っていた。
昨晩もあそこにいたと記憶している。見張り役なのだろうが、まさか一睡もしていないはずないよなと、要は仮面のように変化に乏しい顔を見詰めた。
彼女――ジョゼッタは、ちらりと要に視線をやった。
この場合挨拶するのも妙だなと思い、要は無言のまましばらく彼女を観察した。十分に美人と呼ばれる容姿であるにもかかわらず、まるで無頓着そうに甲冑を身にまとう女。
ラビアンもそうだが、どうしてもっと普通の格好をしてくれないのだろう。
深く溜め息をつくと、ジョゼッタがほんのわずか首を傾げた。
携帯を出してしまったがためにこんな役をおおせつかったジョゼッタに同情しつつ、要は首をひねって隣にあるベッドを見た。
白銀の髪の少女がすやすやと眠っている。
この状況で眠れるなら、その神経は幼なじみの陸に匹敵するだろう。
寝不足気味の思考でそう結論を出し、要はこっそりジョゼッタの気配を探る。
携帯を見せてそれが魔法の道具だと思われてしまったのなら――逃げよう。要は深く頷いた。
魔法使い扱いされるのも神様扱いされるのと同じくらい困る。
この際、盗られてしまった携帯のことは綺麗に忘れ、すきを見て逃げ出そう。
そこまで考え、要はふと違和感に首を傾げる。
なにかが足りないような気がして、彼は自分の手に視線を落とした。
なにかが足りない。
何――
あ、っと、要は小さく声をあげた。
小さく繰り返されてきた痛みがない。
思わず体中をさすり、要は言葉を失って格子越しの空を見た。
「返った……?」
体の痛みはすでにない。
それにホッとする反面、いつのまに戻ったのだという疑問が生まれた。
要と陸の接点で考えるなら、タイミング的にはあれしかない。
甲板の上でほんの少し交わした言葉。距離的にはかなりあり、会ったなんていうほど長い時間いっしょにいたわけではないが――
しかし、お互いに関係する出来事が他に思い浮かばない。
「あ、あんなことでいちいち影響されたら……」
いったいこの先どうなるんだ。
最終目的はともに戻る事だっていうのに、そこに辿り着くまでのステップがなんだかあまりいい感じがしない。
バルトの王に聞いた双神の話を不意に思い出し、要はいっそううろたえる。
アルバはオデオの、オデオはアルバの片割れだと言った。
そしてオデオ神は破壊と創造を司る者。
けれどそれはまだ完全体ではない。磁場の歪みで、力の一部が互いの体に流れ込んでいる。それをもとに戻さなければ本来の力を得ることはできない。
破壊も創造も成し得ない。
茫然とそこまで考え、要は己の思考に驚いて息をのんだ。
持ち合わせないはずの知識=B
「なんなんだよ……ッ」
体の内側でなにかが蠢くような気さえして、きつくシーツを握り締めた。
死と再生を司るアルバ神は陸に。
そして、破壊神と呼ばれた神は――