act.27  素肌


 シーツの海で溺れるように横たわる褐色の肢体が物音に反応してわずかに動く。
「それで……?」
 掠れた若い男の声は、どこか気だるげに問いかけた。
「神が降りたという先の報告、間違いだったわけか?」
 褐色の体が起き上がると、それに絡みつくように白い腕が何本も伸ばされた。彼はその総てをうるさそうに払いのけてベッドからおりる。
 一糸纏わぬ男は、その体を惜しげもなく晒して扉の前に立つ屈強な男を見た。
 男は深々とこうべをたれたまま、重々しく口を開いた。
「いえ。魔術師の報告では、確かに神は降りたと」
「で、何故ここに連れて来られない?」
 豪奢なテーブルに歩み寄り、褐色の肌の男はそこに置かれていたグラスを手に取る。ベッドでクスクスと笑い声をあげる女たちの一人が、慣れた手つきでボトルを傾ける。
 がれた酒をグラスの中で大きくまわし、男はそれを一息で飲み干してからになったそれを女に渡した。
 女がグラスに再び酒を注ぐと、待っていたかのように別の女が後方から手を伸ばす。グラスを奪おうとしたその手に、さらに別の手が伸びていく。
 幾つもの肢体がベッドの上で絡み合い、女たちは艶麗に笑いながらグラスを奪い合っている。
 裸身を隠そうともせずに楽しげに笑い続ける女たちを褐色の肌の男は冷めた目で見詰めていた。
「魔術士が言うには、降りたのはキメラの体ではないと」
 扉の前に立つ男は、低くそう答えた。
「……なんだと?」
「別の依代に神が降りたと……そう、言っているのです」
 褐色の肌の男は女たちから視線をはずして扉の前を見た。
 燃えるような赤い髪がさらりと流れる。彼は黒瞳をわずかに細め、残忍に口元を歪めた。
「失敗したという事か?」
「いえ、神は降りました」
「話と違う、キメラに降ろす予定だった。失敗したのだろう? しくじれば命はないと言っておいたはずだ」
 低く囁くその声は、歓喜に満ちている。
 陰で狂王≠ニ呼ばれる男は、人の命を慈しむことを知らない無情な人間としても有名だった。
「しかし、トゥエル様――」
「庇いたいのなら、お前が代わり首を差し出すか?」
 ハッとしたように扉の前の男は押し黙った。その姿を見て、褐色の肌の男――トゥエルは喉の奥で小さく笑った。
「聡明な男は好きだよ、パイロ。支度が整うまでにその男の首、ねておけ」
 パイロと呼ばれた男は口をつぐんで深く頭を下げる。
 トゥエルは残忍な笑みを刻んだまま、歩き出した。
「出掛ける。準備をしろ」
 その一言に、グラスを奪い合っていた女たちが次々とベッドからおりて彼に続いた。女たちはすぐに彼を追い越し、彼が向かうであろう扉を開ける。
「トゥエル様、どちらに――」
 思わず顔をあげたパイロは、目の前に広がったなまめかしい光景に慌てて顔を伏せた。
「神が降りた場所は、当然調べがついているのだろ?」
 トゥエルが足を止めて意味深に笑っている。その意図するところを悟り、パイロが一瞬言葉を失った。
「危険です」
 やや間を開け、パイロはその一言をようやく搾り出した。
「貴様が信用に足るほどの人物なら、オレが出向く事もないんだがな。そうそう失敗ばかりされては困る」
「しかし……!」
「王都の名を地に落とすわけにはいかない。今問題なのは神の力が実在するなら、それが誰の手に渡るかだ。その誰≠ゥはオレでなければいけない――そうだろう? パイロ」
 父を毒殺して王位に就いたと噂される、王都ルーゼンベルグの若き支配者トゥエル・ホープキンスは、楽しそうにパイロにそう告げ女たちを従えて浴室へ消えた。
 残された男は奥から聞こえてくる女たちの笑い声に拳を握る。
「貴方が支配する世界に未来はありません」
 呻くように彼は呟いた。


←act.26  Top  act.28→