act.26  とりあえず


 赤い斑模様の青い毛皮を肩に引っ掛け、陸は溜め息をついた。
「オレそんなに人相悪い?」
 思わずココロに問いかけると、意味を解さない少女は小首を傾げている。
 陸はガリガリ頭を掻く。牢屋に入れられるよりいいが、こっそり行動する予定が大幅に変更され、船室の一つをあてがわれる現状は彼の意に反していた。
 だが今更こそこそしていても始まらない。
「とりあえず行くか」
 せっかく無事に侵入できたのだからこのチャンスを逃す手はないし、同業者と勘違いされて悪趣味な毛皮まで渡されたのだ。
 この際、細かい事にこだわるのはやめて当初の目的どおり、要探しをしたほうがいい。
 すでに刷り込みのようにそう思いこんだ陸は、ココロを抱き上げて廊下へ出た。
 どこかでココロの服も手に入れなければいけない。にじにじよじ登って肩にちょこんと腰掛けた少女をわずかに見上げ、陸は溜め息をつく。
 船内に子供はいないようだから、一度降りたほうが良さそうだ。
 しかし荒くれどもを乗せた船は確実に出港準備を進めている。
「外の人間、二、三人ぶっ飛ばしてくるか?」
 手っ取り早く出港は遅らせられるが、それを実行するとあとあと大変な事になるだろう。
 能天気男だが、それはさすがにまずいと思いなおした。
「かなめは?」
 ココロは陸の頭に腕を回しながら問いかけてきた。
「ん〜? 何処だろうな?」
「ん〜?」
 陸が唸るように、ココロも唸っている。少しずつではあるが色々学んでいるらしい。だがしかし、明らかに彼女の母国語でないのが難点だ。
「日本語話せるようになってもなぁ。ココロ、こっちの言葉わかるか?」
「こっち?」
「うん」
「ことば?」
 不思議そうに繰り返され、陸は微苦笑する。言葉がわからなければ会話は成立せず、その言葉すらあやふやな少女を相手にしていては、いつまでたっても話が進まない。
「ま、いっか」
 陸はあっさり追求するのをやめた。
 ココロが何≠ナ、どうして暴行を受けていたのかはこの船に乗っていればいずれわかってくるだろう。
 人影を見つけるたびにきゅっとしがみついてくる少女は、明らかに怯えた表情をしている。
 森で悲鳴を耳にして駆けつけた時、彼女は四人の男たちに囲まれていた。赤い斑模様のある趣味の悪い青い毛皮を羽織った男たちは、確認するまでもなくこの船の一員だ。
 こんな悪趣味なものを好む集団がそう多いとも思えないから、これはまず間違いない。森で叩きのめした彼らに出会う確率はかなり高いだろう。
「……別にいいや」
 騒がれる前にもう一度叩きのめせば問題ない。あまり気は進まないが、交渉しようにも言葉が通じないのでは打つ手がないのだ。
 躊躇っていて真相を仲間に告げ口されると、敵陣の直中にいる身としては非常に不利だ。
 陸は小汚くて薄暗い廊下を見た。
 かなり色々改造されているらしく、不自然な場所にドアや通路が作られ、補強されたような真新しい木が添えられている。
 床や壁にある大きな穴は、何かがめり込んでできた物だ。
「ココロ、これってやっぱ海賊船だと思う?」
 川だから海賊とは若干違うが、陸は溜め息と共に少女に問いかける。廊下に無造作に置かれた弓は、どんな巨漢が扱うのかと首をひねりたくなるほど大きい。
「銃とかあるのかな、大砲とか。…………行ってみるか!!」
 陸はいきなり廊下を曲がった。
 そこは大きな通路になっており、少し先には下におりるための階段がある。
 陸は意気揚々と歩き出した。階段の脇から厳つい男が向かってくるが、全く気にした様子もなく階段に向かって歩いている。
 ココロが怯えて陸の頭をきつく抱きしめる。
 警戒をあらわにする男がとっさに腰の剣に手をかけたが、陸は動じずに彼を見て、ニカッと人懐っこい笑みを向けた。
 男が一瞬唖然としたように剣にかけた手を止めた。
「や!」
 片手をあげると男も慌てて片手をあげて、そしてつられた様に豪快に笑った。
 陸は何事もなかったかのように男とすれ違い、階段を下りた。
「まぁなんつーかな。おっそろしく人事異動が激しい職場らしいな」
 仲間かどうかの判断が曖昧である事は、ここに陸を連れてきた男の行動でよくわかった。つまり、それなりに堂々としていれば怪しまれない確率が高い。
 しかも今は趣味の悪い毛皮もある。
「余裕余裕」
 ただし、口はきかないほうが賢明だろう。異国の言葉を聞き流すような相手ならいいが、聞きとがめられた場合は返答に困る。
 言い訳も通じないのだから、うまく逃げ歩くしかない。
 陸は階段の途中で足を止めた。上の階よりさらに一段と薄暗くなったそこは、蝋燭の灯りでやっと視覚が確保できるほどの場所である。
 ココロはぎゅっと陸にしがみついた。
「ありゃりゃ」
 陸は前方の蝋燭に奇妙な声をあげた。
 ゆらめく蝋燭を持った男がぽかんと口を開けたまま立ち尽くしている。前歯が欠けたその顔は、ひどく滑稽だった。
「元気?」
 にっこりと微笑んで問いかけると、男が音を立てそうな勢いで青ざめた。
「声出したら、今度は本気でぶちのめすぞ」
 凄みを利かせて囁くと、男は言葉も通じていないのに何度も頷いていた。
 そこにいたのは、薄い部屋着の下の体を包帯でぐるぐる巻きにした、見知った顔の怪我人だった。
 森で対峙した四人の男のうち、一番動きが速く、そして一番初めに地面とお友達になった男である。
 意外に早かった再会に、陸はこっそり溜め息をついた。


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