act.24  何もしない時間


 どうやら、王女のペットという立場からは解放されたらしい。
 無駄に天井の高いだだっ広い一室に通された要はそう判断し、一時間前は死にかけていた男と気の強そうな王女を交互に見た。
「納得いきません、父上。これを見付けたのは私です!!」
 これ≠フ言葉と共に、白銀の髪を持つ少女は遠慮なく要を指差した。
 人をまるで物のように扱う失礼な王女はラビアン。長く伸ばされた髪と肌が驚くほど白く、その瞳は真紅という出で立ちの少女である。
 おそらく先天的なものなのだろうが、彼女はごく普通に物を見、太陽の下を走り回っていた。それがどれほど異常なのかを、要はきちんと理解している。
 細かい名称までは記憶にとどめていないにしろ、アルビノのようにメラニン色素を持ち合わせない人間が紫外線対策もせず歩き回るのが危険である事は知っている。それにあの真紅の瞳は、通常の人間よりも光りを取り込みやすいはずだ。普通にしていられるわけがない。
 だが、要の曖昧な知識を嘲笑うかのように、彼の中の常識はいともあっさり塗り替えられている。
 その事実を整理する事もできず、要はただ黙って顛末てんまつを見守るように口を閉ざした。
 アルビノの少女が普通に生活し、甲冑の男が歩き回る巨大な城がある。
 森から城に行く間に通った町は、皆一様に見た事もない♀妙な格好で日常生活を送っているようだった。
 どう表現していいのかわからないくすんだ色のゆったりした服を身にまとう女たち。デザインはそれぞれに異なるものの、腰を太めの革ベルトできつく縛り、裾が大きく広がるようなスカートを穿いている。
 男は男で、透けるような薄い安物のダボダボのシャツにゆったりしたズボン、ブーツのような丈の長い紐靴を履くというスタイルの者が多い。
 共通しているのは、男女共に髪が長いこと。
 あまり清潔とはいえない格好をしていると言うことぐらいか。
「見つけたのは其方かも知れんが、神を飼うなど大それた話ではないか?」
 痩せこけた男は王座に腰を据えたまま王女を見詰めた。要にはやや貫禄に欠けるように映っていた彼だが、さすがに一国の王である。立って歩く事もままならないほど弱り切っているのに、王座に付いた瞬間、彼は支配者の顔になった。
 そして要の望むままなるべく派手でない服を与えた国王は、彼を王座の脇に立たせ、そして娘であるラビアンを呼びつけ現在に至る。
「神? それのどこが神であると?」
 鋭く少女は要を見る。真紅の瞳のせいなのか、それとも血筋ゆえか――彼女が生み出すその張り詰めた空気に、要は身じろぐ事もできなかった。
「神であるのなら、その証拠を見せていただきたい」
 少女の言葉に、国王はわずかに苦笑する。死の床についていた父が王座にいることの奇跡にわずかな戸惑いのみを見せ、すぐに平常心を取り戻した娘。
 小さな国の未来を背負う事となる王家の娘。
「あれはああ言っているが、さて、其方には何ができる?」
 穏やかな視線を愛娘に向けたまま、国王はただ立ち尽くすばかりの要に声をかけた。
「何って……そんなの……」
 オレが聞きたい、とは言えなかった。
 ここでボロを出せばせっかくの計画が水の泡だ。神様に成りすませば自由の身になれる。自由になれば、こんな城からはさっさと出て行く予定だった。
 しかし、当然そう上手くことが進むはずもない。
 王座の隣で立ち尽くす要は、困惑したまま王女を見て、さらに戸惑いを深める。
 王女ラビアンが、唖然とした表情で要を見ていた。
「お前……何故話せる……?」
 ラビアンがそう問いかける。
 異国の言葉を話す珍しい毛色の玩具――ラビアンにとって、要はその程度の存在だっただろう。
 部屋に飾ろうとしたのは、彼の外見が整っていたからだ。
 言葉もろくに通じないような相手なら、慈悲と割り切って人を飼うことに罪の意識は感じなかったに違いない。
 少なくとも、彼女は温情をかけて要の世話を焼くタイプではない。飼ってやるんだから感謝しろ、そう言い切る人間だ。
「話せないフリでもしたか? やはり他国からの間者か?」
 問いかけは半ば決め付けるようなきつい口調である。その物言いが引っかかり、要は国王に向けていた視線を王女に向けた。
「間者って、つまりスパイって事か? いい加減にしてくれない? この国の名前もまともに知らなかったオレが、なんでそんな事するんだよ」
 存在その物が気に入らない相手というのがある。一言も口を利いていないのに、同じ空間にいるだけで無性に腹の立つ相手。
 それが彼女だ。
 初めはその容姿に圧倒されたが、今はその容姿よりも彼女の態度が癪に障る。
 なんで王女というだけでここまで偉そうにしていられるのか、要にはそれがよくわからなかった。
 幼さの残る彼女は、要より年下であると判断できるにもかかわらず、年上の相手に対するにはあまりに不自然な態度と口調をしている。
 要とラビアンが睨みあっていると、国王が小さく溜め息をついた。
「彼はその身にオデオ神を降ろしている。言葉の壁を越えるなど造作もない」
 国王は殺気だっている王女に事も無げにそう語った。
 要がちらりと国王を見る。
 信じ切っているその顔が直視しづらいのは、後ろめたさとその嘘がばれた時の報復が恐ろしいからだ。
「嘘と思うなら、触れてみればいい」
 まるで要の心を読んだかのように、国王は王女に声をかけた。
「彼はオデオ神。破壊と創造を司る者だ」
 言い切られて、要は内心うろたえた。触って何かが変わるはずはない。要は普通の高校生で、神というのは全くのでまかせなのだから。
「父上がそうおっしゃるのなら」
 挑発的に、少女が笑った。その笑みが引っかかって要がわずかに険しい表情になると、ラビアンは笑みを消して要に向かって一歩を踏み出す。
「……オレ、何もできないけど」
 大股で近付いてくるラビアンを睨みつけたまま、要は小さく国王に声をかけた。
「随分と弱気な神だな」
 国王は面白そうに喉の奥で低く笑う。なかなか性格が曲がっているらしい。
「ペットに戻るの、嫌なんだけどな……」
 思わず漏れた本音に、国王が双眸を閉じた。
「案ずるな、お前は神だ。アルバ神と共に、この大陸を守るために降り立った希望だよ」
「アルバ?」
「共に降りた者がいるだろう。双神の片割れ、死と再生を司る者」
「……いや、あいつが神ならオレはもっといい称号が欲しい」
 要の素直な一言に、国王が再び喉の奥で笑った。
 要は彼を見ようとして、やめた。目の前に白銀の髪を揺らした王女が立ったのである。
「お前が真実神であるか、見定めさせてもらう」
 少女の手がゆっくりと伸びてくる。要は彼女の真紅の瞳を見詰めたまま、結局逃げる事もできずに目を閉じた。
 触れたぐらいで神かどうかなんてわかるはずもないのだが、そんな事を言い募ってもきっと相手にはされないだろう。
 これで神でないと判断されればまた派手な服を着て鎖で繋がれる屈辱を味わうに違いない。
 短い自由だったな。
 どこか悲観的に要がそう思った瞬間、閉ざしたはずの視界が大きく揺れた。


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