act.21  色


 陸はちらりと隣を盗み見る。そこには、腹ごしらえして上機嫌のコロ改め、ココロがいた。
 少年だと思っていた子供は、実は少女だった。
 普通とはちょっと違っている事はなんとなく感じていたが――ちょっとどころの騒ぎではなかったらしい。
「……女の子って普通翼ついてる……わけ、ないよな……」
 陸は困り果てて溜め息をつく。拾ったからには交番に届けるのが筋なのだが、その交番さえ見当がつかず、日本語さえ通じない事だけは理解していた。
「でも英語できないし〜なんか英語とも違うし〜それ以前に」
 ニコニコ笑うココロの頭をワシワシ撫でて、陸は立ち上がる。
「ここ、日本どころか地球なんだか、どうなんだか」
 隣にいるのは翼を持った少女。
 ついさっき食したのは、見たこともない奇妙な形の川魚。幸い、生臭さも食感も気にするほどではなかったが、それを焼くために使ったのは火打石ときている。
「要……ヤバいんじゃないのかな……」
 いつもと勝手が違う。言葉が通じる土地ならコミュニケーションは容易にとれる。言葉が通じなくとも、全身を駆使して話そうとすれば、それなりにニュアンスが通じるものだ。
 ただ、自分が相手の事をおかしいと思った瞬間、相手もそう思う確率が非常に高いと陸は思っている。
 異質だと思ったとき、その拒絶の感情は知らずに相手の感情を飲み込んでしまうと。
「オレ、何か違う気がするんだよな……」
 リュックを持ち上げ、陸はボソボソとゴチた。いつもなら話し相手になって散々けなしまくってくる要は、今ここにはいない。
 それがひどく寂しく感じる。
「オレと、ここにいる人間。何が違うのかな……なんか、どこかが……」
 小首を傾げながら歩き出すと、ココロが後ろから付いてきた。
「う〜ん。こういうのは、要の分野なんだけどなぁ……」
 今傍にいるのは、言葉を繰り返すだけの小さな子供だ。その背にある翼は服を着ればさほど目立たず、普通にしていればどこにでもいるような少女だった。
「ま、ひとまず、オレも変ならお前も変ってコトで、要探して何とかするか!」
「かなめ?」
 ココロが言葉を繰り返す。
「おう、オレの幼なじみ」
「……おさな……」
「友達」
「う〜?」
 わかっていないらしいココロの小さくて柔らかい手を取り、陸はそれを大きく振りながら川沿いを歩き出す。
「友達! 仲いいって事だよ!」
 どちらかと言うなら、両親が仲がよくて家が隣同士で、進む高校も何故か一緒の腐れ縁なのだが、それを細かく説明してもココロにはわからないだろう。
「ともだち?」
「そうそう!」
「ココロも? 陸の?」
「そうだな〜友達かな?」
 なんとなく保護者のような気分ではあったが、期待を込めたような顔で見られ、陸は苦笑して頷いた。
「友達〜」
 今度はココロが繋いだ手を大きく振り出す。そのあまりの勢いに、陸が一瞬ぎょっとして少女を凝視する。
 翼があるせいなのか、それともこの少女自体がかなり特殊なのか、運動能力が全体的に秀でている気がする。
 陸も学校では学年のトップクラスにランクされるほど運動全般は得意な人間だが、きっとココロの足元にも及ばないだろう。
 追いかけっこで見事に捕まったことや、あの穴掘りの一件から推察するに――人間業ではない気がする。
「て――天使だったりして」
 すっかり発想がファンタジーになっている。きっとこのまますくすく育ったら、真っ白な天使が迎えに来るに違いない。
 なんとなく複雑な心境で少女に視線をやると、彼女はまっすぐ何かを見詰めて、慌てたように陸の後ろへと隠れた。
 そして、陸の後ろへ隠れたままその影から何かを盗み見ている。
 怪訝そうに、陸はその視線をたどる。
 海と見間違えるほど広い運河のはるか向こうに、小さな黒い点があった。
「……船?」
 おぼろげな輪郭を何とかたどり、陸は首を傾げた。
 陸の視力は左右とも2.0だ。自慢ではないがかなりいいし、実際に友人たちの中で一番遠くまで物が見える。よく、真夜中に女性の部屋を眺めては視力を鍛えているのだろうと揶揄されるほど、目には自信があった。
 しかし、チラチラと船らしきものを見る少女の視力は彼をはるかに凌いでいるらしい。行動を見る限り、ココロは確実に何か≠見て、それに怯えている。
 陸はふっと船を見る。
 あまりにも小さいその影は、青く塗りつぶされているようだった。
「まさかねぇ……」
 ココロを襲った山賊風の男たちは、青地に赤い斑の毛皮を着ていた。悪趣味なあの色彩は、ちょっとやそっとでは忘れられない。
 船を持っているのは予想外だし、あれが本当に彼らの持ち物だと言う確信はないが、ココロのこの怯えようは無関係とは考えにくい。
 可能性はある。
 あそこに、もしかしたら要がいるかもしれない。
 早く探し出さないとあとが大変だという短絡的な発想のもと、彼は船めがけて歩き出した。
「ココロ、怖かったらオレの後ろにいな。ちょっとヤバいトコお邪魔するからよ」
 とてもとても嬉しそうに、陸は微笑んだ。
 それは、山賊と陸、どちらが悪党か判断に迷うほどの笑顔だった。


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