act.18  冴えたやり方


 両手いっぱいに戦利品を抱えて、陸は悠々と森の中を歩いていた。
 途中で立ち止まって目を閉じ、そして再び歩き出す。
「りく〜?」
 後ろからちょこちょこついてくるコロの手にも、戦利品が握られている。
 陸はコロを見て笑った。
「ここの先、川があるぜ? 水浴びでもしてから着替えないとな」
 着替えは先刻見知らぬ男から正当防衛≠ナ調達した。高校の制服で歩き回るのはあまり得策でないと考えた直後に目の前に現れた剣を手にした男は、倒してくれといわんばかりの無防備ぶりだった。
 まるでケンカの仕方を知らない。
 男は仕掛けておきながら、あっさりとアッパーを喰らってのびてしまったのだ。やりがいのない相手だった。
「つか、ここの人間弱くね?」
 う〜んと唸りながら歩いていると、水音がはっきりと聞こえてくる。
 陸が枝を避けるようにして進むとすぐに川が見えた。
 いや、それは川というレベルのものではなくて。
「海!?」
 対岸が見えない。潮の香りがしないから純粋に川があるのだろうと思って歩いてきた彼にとって、その光景は予想外だった。
 唖然と見詰め、荷物を乱暴に置くと砂利の中を歩き出した。
 大きな川は流れも緩く濁ったイメージがあった陸には、そこに広がっている驚くほど透きとおった水に言葉をなくした。
 その水中に見たこともない細長い魚が泳いでいる。
 陸はそっと指を水面につけた。かなり水温がひくい。
 指を舐めると、海水独特のあのしょっぱさはなかった。
「……運河」
 もうそれ以上どう言っていいのかもわからない。ひとしきり腕を組んで陸は低く唸った。
 これほど大きな川は、彼の住む町にはない。
 いや、対岸が全く見えないというのは――それは、そもそも国内なのか。
「オレ、地理苦手だしな〜」
 得意科目が体育だけという陸は、がりがり頭を掻く。
「日本語通じないし、服も妙だし、やっぱここ外国かな〜」
 徹底したマイペースぶりを発揮して、陸は再度役に立たない結論を出した。
「とりあえず、風呂でも作るか」
 大きくひとつ息を吐き、彼はコロを手招く。自分の格好だけがまともになっても、一緒にいるコロが泥まみれで薄汚れていたのでは話にならない。
 陸は靴と靴下を脱ぎ、ズボンの裾を丸めるように折ってから砂利を掘った。
 しかし、すぐ掘りにくいことに気付いて森の中に入り、すぐに直径二十センチはある丸太と小枝を大量に抱えて戻ってきた。
「これ途中で腐ってた」
 丸太片手にそう言うと、コロが大きな目をさらに大きくした。
「くさ……?」
「そうそう、腐ってたんだよ」
 そう答えながら、男から奪った剣を木の割れ目に差し込み、近くにあった石に打ち下ろす。
 陸は手馴れたように二つに割れた丸太の大きいほうを手にし、今度は――やはり男から奪った短剣でそれを削り始めた。
 興味津々なコロの目の前で、ただの丸太は瞬く間に簡易シャベルとなった。まるで玩具のようではあるが、素手で砂利を掘るより安全だ。
「コロ、これでそこの砂利掘ってろ」
「じゃ……?」
「小石。大きな穴作るんだよ」
 そう言って川沿いの砂利を掘って見せると、まるで新しい遊びを教えてもらったかのようにコロの顔がパッと明るくなる。
 簡易シャベル片手に砂利を掘り始めたコロをよそに、陸は男から強奪した戦利品を砂利の上にぶちまけた。小さな皮の袋に入っているのは通貨らしい。見たこともない紋章が入り、見たこともない文字が並ぶ。
 陸はそれを大きな皮の袋に戻し、紙の小包を開ける。
「乾物? こっちは……酒。で……なんだこれ? 薬か?」
 わけのわからないものが多い。陸は首をかしげながら次々と広げた物を袋に入れなおした。
 そして、ようやく目的のものを見つけた。
 黒光りする小さな二つの石。
「いや〜ライターやマッチはなさそうだったけど、まさか本当にあるとは思わなかったな、火打ち石」
 これはもう、外国というレベルの問題じゃない。
 強奪したものを見れば見るほど、そんな気分になってきた。
「とりあえず、今やれることやっとくか」
 大きな石をいくつか組んで、それを囲むように木をくべる。器用に火をつけ、さらに木を増やしてから陸は長い枝を一本調達してきた。
 短剣で先端を尖らせた木を片手に、彼は川へと入っていく。
「ぐ……冷てぇ」
 ザワっと一瞬背筋を悪寒のようなものがかけぬける。
 嬉々として砂利を掘っているコロの足元もそろそろ川の水が進入してきて冷たいはずなのだが――楽しくて、それどころではないらしい。
 目を爛々と輝かせて穴を掘るコロに苦笑して、陸は作ったばかりのもりを構えた。
「ま、これがオレの得意分野だし」
 水面がキラキラ反射している。その間を縫うように、銛が吸い込まれた。
「まず、一匹ね」
 毒を持っている可能性がないわけではないのだが、そんなことをいちいち考えていては先に進めない。
「あたったら、あきらめるしかないだろ――この場合はさ!」
 獲った魚を砂利の上に投げ、次の魚を探す。本能そのままに、彼は銛で次々と魚を獲っていく。
 何匹かを砂利の上に投げたとき、陸はぎょっとして川に移動しかけた視線を戻した。
「コロ! コロコロ! ストップ!! 川魚ナマで食べるな!」
 魚を手に大きく口を開ける子供めがけて、陸は慌てて駆け寄った。突進してくる陸に驚き、コロは口を大きく開けたままピタリと止まる。
「寄生虫とかいたらマズイだろ! ナマで食いたきゃ冷凍庫に二日入れとけ!」
 根本的に問題はそこではない。
 しかし、陸は至極まじめにそう言って、小枝を魚に刺した。
「魚はよく焼くの。わかった?」
 ひとまず魚を枝ごとコロに持たせ、陸は炎の中であぶられている石を近くにあった木で器用に移動させ始める。
「お、でかい穴掘ってんじゃん」
 短時間で掘ったわりに優秀だ。水も徐々に水位を増している。
 陸はその中に焼け石を転がした。激しい音とともにもうもうとあがる蒸気を気にした様子もなく、彼は焼けた石を片っ端からコロが掘った穴の中に落としていった。
 いくつか入れてから水温をみる。
「う〜ん、あと三つか?」
 そうしてお手製露天風呂が完成する。
 陸は魚を総て小枝に刺して、火にあぶるように固定する。
 流れるように一通りの作業を終えると、陸は制服を脱ぎ始めた。この方面での羞恥心の薄い彼は、たとえ誰がのぞいていてもかまわないといった様子でさっさと服を脱ぎ捨てると簡易露天風呂に入っていく。
「あ、ちょっと熱い」
 もともと熱い風呂がすきなのだから大して気にもしないのだが、しかし一緒にいる子供は決してそうではないだろう。どちらかというなら、ぬるめの風呂のほうがいいかもしれない。
「コロ、とりあえず風呂入れ。熱いから気をつけろよ?」
 陸がそう言うと、コロが不思議そうな顔で近づいてくる。微かに漂い始めた魚の焼ける香ばしい匂いが気になって仕方がないようだ。
「焼けたら食えるから、その前に風呂! 服脱いで、こっちこい」
 コロが着ているのはワンピース型の服だ。たぶんもともとは白い生地なのだろうが、すっかり薄汚れてしまって黄色なんだか茶色なんだかわからない色になっている。これも洗う必要がある。靴は履いていないから、どこかで調達しなければいけない。
 困ったなぁと呟きながらコロを見ていた陸が、唖然として立ち上がった。
 コロの背に、白い翼が見える。
「な、なんだ……?」
 陸はごしごし目をこすった。
 薄汚れた服の下には、真っ白で小さな、まるで生えたばかりかと疑うような一対の翼があった。
 背を向けていたコロが振り返ると、その笑顔とともに小さな翼がわずかに羽ばたく。
「羽? ちょっと待て、お前は鳥か!?」
 見るからに人間である。きょとんとしたコロが近づいてきて、陸はさらに唖然とした。
「お前、メスか!?」
 女という言葉もとっさに出てこないほど、彼は混乱していた。
「メスならコロはまずいか!? じゃ、ココロ!!」
 すでに彼にとって、その事実はとっくに許容範囲を超えていた。


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