act.16  池に映った


 水面が揺れている。
 白い雲がいくつも水に浮かび、定まりなく原型を崩す。
 一緒に映っている緑も雲と同じように細かく揺れた。
「でかい水溜りだな……」
 どう見たって池なのに、すでにどうでもいいような声で要は呟いていた。
 今まで生きてきた17年間は、多少起伏に富んではいたが平凡なものだった。高校を卒業して大学へ行き、それなりの会社に就職、いずれは結婚してごくごく普通に生活するのが――とりあえず大筋の人生設計といえた。
 知らない土地に転がり込み、投獄ののちにペットあつかいというのは、当然彼の人生設計の中には含まれていない。
 巨大な城の一室は、必要最小限の調度品しかない。幸いにも、姿見すら置いていなかった。
 あったら間違いなく叩き割っていただろう。
 要は鉄格子のはまった大きな窓からじっと池に映る景色を見詰める。ヘタに視線を移動して、見たくもないものを視界に入れたくないのだ。
 たとえばそれは、目を覆い隠したくなるような派手なシースルーの服であったり、レースのふんだんに使われたパンツであったり、高価そうな装飾の数々であったり。
「…………」
 要の肩が揺れる。
 百歩譲ってこの格好が似合うとしよう。クラスの女子が、垂涎すいぜんものでデジカメをかまえる姿だって十分想像できる。
 母の祥子は大学のミスコンを総なめにした女だ。その美貌はいまだに衰えることなく健在で、父親もそれを自慢にするほどだった。
 兄の聖も超が付くほどの美形で、男女を問わずデートの申し込みの絶えない男だった。
 そしてその弟の要は、やっぱり血筋なのか、はたまた運がよかったのかそれなりに整った顔をしており――それゆえ、ペットあつかいされている。
 奴隷なら、まだマシだったかもしれない。
 足や手にかせをつけられ、鎖でつながれ労働をいられる。
 あれならまだプライドが保たれた。
 少なくとも、人形のようにごてごてに着飾り、足や手ではなく、首に枷をつけられるなんて事はなかったはずだ。
「首輪だぞ……17歳の高校生が宝石入りの首輪つけられて、ちゃらちゃらした格好して、なんで鎖でつながれなきゃいけないんだ!?」
 それはバルト国の王女であるラビアンに気に入られてしまったからであり、観賞用のペットとして扱われているからである。
 状況はわかる。
 しかし、納得はできない。そもそも、納得しろというほうが無理だ。
 確かに今まで生きてきた場所だって平等を謳う国であっても、それなりの差別はあった。それは外見の違いから起こったり個々の能力による物であったりと様々な要因を含み、これは個性があれば当然生まれてくる類の区別とも呼べるものだった。
 能力や容姿に優劣をつけるなというほうが無理なことは知っている。
 人が生きる場所には少なからず上下関係が存在する。
 学校にだってそれはあった。
 社会にだって、上があれば下もある。
 当然のことだ。
 この国にだってあるに決まっている。
 あの少女が王女なら、彼女のすることに誰も反論できないかもしれない。なにせ王女≠ネのだから。
 しかし、要には関係ない。
 とりあえずあの少女がどれだけ偉くても、どれだけ我が儘であったとしても、気にかける必要などまったくない。
「抜け出してやる」
 ふっと要は池から視線をはずす。
 鎖でつないだことで安心しているのか、見張りの人間はどこにもいなかった。
 要は部屋の中をゆっくり物色し始めた。
 おとなしく王女が飽きるまで彼女の相手をするほど、要は気の長いタイプではない。
 部屋の中を歩きまわれるほど長い鎖は、しっかりとベッドに固定されている。
 これをはずせば、ここを抜け出すことができる。地下牢にいたときよりはるかに条件がいいのは誰の目から見ても明らかだ。
「さて、どうするのが最良かな」
 すうっと少年は瞳を細めた。


←act.15  Top  act.17→