act.15  雑踏


 町に行くと、要は言った。
 永遠に続くのではないかと思うほどの長い山道で、ひどく整った顔を少しだけ不安そうに曇らせて、幼なじみは確かにそう言った。
「一人で町におりたのかなぁ……」
 陸はコロと名付けた奇妙な子供を引き連れて、意欲的に山道を歩いている。幸いあとからついてくる子供の身体能力は、「運動しかとりえのない」と要から揶揄される陸よりもはるかに上回っている。
 落ち込むどころかその事実に気をよくして、陸は大股で長すぎる山道を突き進んだ。
 一時間は歩いただろう。
 陸が整備され始めた道から脇へとそれる。木々の間には背の高い草がぎっしりと生えている。陸はその中に隠れるように身をかがめた。
 あとからついてきたコロも、同じように身をかがめる。
「お、いい子いい子」
 大きな手で小さな頭を乱暴に撫でると、コロは嬉しそうに笑った。言葉はうまく通じないが、機転のきくらしい子供は、陸に習ってこそこそ草の中を進み始める。
 陸は草を掻き分けながらあたりに注意を払った。
 もうほとんど条件反射である。彼の中には、「捕まったら面倒臭い」という発想しかない。
 危険をおかしてまで情報を収集しようという考えは皆無である。
 どこかで怒鳴り声が聞こえた。
 一瞬立ち止まり、陸が耳をそばだてる。
 相変わらず、何を言っているのかさっぱりわからない。言葉が通じれば両手をあげて出て行くことも少しは考えるのだが、言葉が通じない状態でそれをやるのは実に危険だ。
 捕まったら即牢獄行きだ。いや、タダ飯を食わせるわけはないから、ここはありきたりだが奴隷にされて、一生こき使われるに違いない。
 安直な結論をはじき出し、陸はこっそり声のほうへ歩き出す。
 大声を張り上げる男の姿はすぐに見付かった。
 人々がひしめき合う大通りの真ん中で、何かをしきりに通行人に訴えている。
 何度も自分の服を指差し大げさに首をふる。両手を組んで空を見上げながら彼が何かを呟くと、それを見ていた通行人たちが笑い声をあげる。
 男はそれに気をよくして、小袋を指差した。
 そして通行人たちをゆっくり見渡し、服をつまんでもう一度何かを大声で語りかける。
 陸はふと自分の服を見た。
 高校の制服だ。学校へ行く途中だったのだから、いつものブレザー姿なのは当然である。
 私服で登校したら、生活指導室へ突き出されるだろう。
 陸は雑踏の中をものともせずに大声で人々に呼びかけるその男に視線を戻す。
 服装が、全く違った。
 男はよれよれのくすんだシャツを着、色落ちしたベストにだぼだぼのズボンをはいている。彼が体を動かすたびに、腰につけた剣が大きく前後に揺れた。統一感のない服装だ。センスのなさは自前だろうが、陸と男ではあまりにその姿が違いすぎる。
 それに、彼は無造作に伸ばした髪を一つに縛っていた。よく見ると、男も女も、陸ほど髪の短い人間など一人もいない。
「――ヤバ」
 男はしきりと服を指差す。手にした小袋は――多分、賞金だ。
「オレ、まさか賞金首!?」
 ぎょっとして、陸は慌ててコロを連れてその場から離れた。
「要、もしかして捕まってる!?」
 その可能性は少なくない。
「捕まえたのは、あの盗賊か――!?」
 彼の頭の中には、コロを囲んで暴力を振るっていた四人の男たちしかなかった。
 下品としか言いようのない毛皮を羽織り、薄汚い格好をした盗賊風の男たち。彼らにまだ仲間がいたかもしれない。
 陸はすっくと立ち上がる。
 コロがその腕を何度か引っぱった。
「あ?」
 コロの視線の先を目で追うと、いつの間に近づいたのか男が一人、剣を構えていた。構えるといっても、腕をまっすぐ伸ばし、足を踏ん張って上体はやや前かがみ――なんとも奇妙な姿である。
 男が構える剣がかすかに震えている。どう見ても、武者震いではない。
「ふぅん?」
 対峙たいじする男を上から下まで吟味して、陸がニヤリと笑う。年齢は少し上のようだが、経験の差は歴然だ。
 賞金狙いの男かもしれない。ここで大声を出さないところを見ると、金に困っているのだろう。
 物音を立てたくないのはお互いに同じだ。陸も男も、敵は増やしたくない。奇妙な意志の疎通だった。
「あんた、いい体してるね」
 体格は――互角。
 男は表情を険しくしながら、何かを早口で言っている。
 その目が、ちらりとコロを見た。
「なに言ってんのかさっぱりわかんね。ま、お互い様か」
 視線の意味にも気付かずに、陸は男めがけて突進した。


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