act.9 モノ


「あれ?」
 陸はぴたりと立ち止まる。キョロキョロと辺りをうかがって、反射的に木の陰へと隠れた。すると道の反対側から甲冑に身を包んだ奇妙な格好の男たちがぞろぞろと出てきた。
「――仮装大会?」
 にしては、りすぎなような気がする。あれはどう見たって、本物だ。よほど金の有り余っている連中らしい。
 陸は聞き耳をたてる。悠長なことに、いったいどんな祭りがあるのか気になったのだ。
「……。何語だ?」
 いかつい兵士たちは大声で何かを言っていた。無論すぐ近くにいる陸にもその会話は聞こえるのだが、言葉自体に聞き覚えがない。
 まぁとりあえず、日本語でないことは確定した。日本語ならいくらなまりがひどくとも、多少は聞き取れるはずだと考えたのである。
「英語でもないよな〜」
 う〜んと首をひねった。
 独特のアクセントがある。古風とさえ映る甲冑を着た彼らが何人なにじんであるのか、陸にはまったく見当がつかない。
「フランス人? じゃないよな〜。ってゆーか、なんで鎧なんだ? いや、日本に鎧着た仮装行列ってあったっけ? 落ち武者むしゃ行列??」
 すでに本人さえ何を言っているのかわかってはいない。
 ブツブツ言いながら、陸は素早くその場から離れた。見つかったら厄介なことになる――本能で、陸はそう判断する。
 言葉が通じない甲冑の男たちを相手にするほど暇ではない。道なりに歩けば要の元に行けるだろうが、ここは迂回していくのが懸命だ。
 早く戻らないと、要が心配するだろう。
 勢いよく走り出したまではよかったが、そのまま一人で町にまで行く気はなかった。
 陸は常日頃、母親に脅されている。
 要クンに何かあったら、小指をツメてびを入れなさい?
 と。
 自分の母親も怖いが、もっと怖いのは要の母親である。彼女は指一本では許してくれないほど恐ろしい。
「祥子さんに殺される!!」
 とりあえず要のところまで戻ろう。
 陸は木々の鬱蒼うっそうと生い茂る道を走りはじめた。こんなわけのわからない場所ではぐれるのは非常にマズイ。鈍いながらもようやくその発想にいたった。
「要、怒ってるかな〜怒ってるよな〜」
 本気で怒らせたことはないが、きっと母親の祥子と同じで、死ぬほど恐ろしいのだろう。
 陸が溜め息をついた瞬間、悲鳴が――
 どこからか、悲鳴が聞こえた。
 バッと立ち止まり、彼は辺りを見渡した。
「どこだ?」
 野鳥の鳴き声とは違う、悲痛な声。甲高い子供の声のようだった。陸は息を殺して神経を集中する。
 それが再び聞こえたとき、陸は瞬時に走り出していた。
 右前方、すぐに男たちの後ろ姿が見えた。
 おかしな格好をしている、と陸はとっさにそう思った。薄汚れた服を着込み、見たこともない毛皮を羽織はおっている。おそらく殺した動物からはいだものをそのまま羽織っているのだろうが、それにしたって、青い毛の動物なんて世界中探したっているんだかいないんだか。しかも、赤いまだらつきだ。下品なことこの上ない。
(――4人)
 ガタイのいい男たちだ。まるで山賊のようにふてぶてしく下卑げびた笑い声をあげながら、彼らは何かを蹴っていた。
 悲鳴は、そこから聞こえた。
「おい!!」
 腹の底から声を出すと、男たちの動きが止まった。
「子供はモノじゃねーんだよ。それ幼児虐待ってゆーんだぜ? ニュース見てないの?」
 きっと通じてないんだろうが、陸は挨拶代わりにそう言った。
 男たちが陸に向き直る。腰にぶらさげた鞘から、どう見たってあまり斬れそうにもない剣を抜く。剣は『叩き切る』と聞いたことがあるが、確かにその通りだ。
 男たちが威嚇するように剣を大きく振り回す。
「ごめんな〜要。ちょっとケガするかも」
 ニヤリと陸が笑った。


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