act.3  大丈夫か?


 陸は一瞬あっけにとられた。
 夜明け。
 確かに夜明けだ。空が白みかかっている。だが、それが西の空なのか東の空なのかはわからない。だいたい今いる場所だって明らかに日本とは違うのだ。建造中の大きな城。あそこにはどう見たって殿様はいないだろう。いるとしたら陛下だの閣下だの国王様だのと呼ばれる人種に違いない。
「夜明けとかってヨユーかましてる場合じゃねーだろ!?」
 じっと前方を見据える要に、陸は大声で怒鳴っていた。
「なんなんだよアレ!? どこなんだよここ!? なんで夜明けなんだよ!!」
「知るか。あれは城でここは知らない場所で、どう見たって空は朝焼けだろ」
「そう!! そうだけど違う〜〜!!」
 投げやりな要に、陸は情けなく絶叫する。陸橋から落ちただけなのだ。こんなわけのわからない場所にいるなんてありえない。これならまだ腕の骨一本と引き換えに線路に落ちていたほうがましだった。
「どうすんだよこれから!? そうだ、携帯!!」
 陸はとっさにポケットを探った。そして今朝はたまたまカバンに突っ込んで家を出たことを思い出す。
 二人は自転車ごと陸橋から落ちた。自転車もカバンも、すぐ近くにあるはずだった。
 普通に考えれば、多少変形していてもその二つのアイテムはすぐ自分たちの近くにあるはずだ。
「まさか、ウソだろ?」
 しかし、目に写る光景は陸の予想を大きく裏切っていた。自分たちの周りにあるのは十センチほどの長さの草ばかり。そこには自転車どころかカバンもない。周りは一面草原だ。同じところに落ちてきたのなら、自転車もカバンもそこになければいけなかったのに。
「なんなんだよ、これ」
 苛立ちと焦りで混乱しそうになる。陸は手に触れた草を思いっきりむしりとっていた。
「ッ!」
 その刹那、要が小さくうめく。
「要!?」
 陸はあせって幼馴染に向き直った。どこか怪我をしているのかもしれない。さっきは無事だといっていたが、実際に陸橋から落ちたのだ。怪我の一つや二つおっていたって不思議じゃない。
「大丈夫か!?」
 要はわずかに眉を寄せ、腕を押さえていた。
「見せてみろ!」
 自慢じゃないが、生傷の絶えない生活をしていた。彼には三人の弟がいる。誰に似たんだか見事な暴れん坊ばかりで、喧嘩乱闘は大海家の華だった。ちょっとのケガぐらいなら、身近なものを使って応急処置くらいはお手のものだ。
「陸、違う」
「え?」
「違う。これはオレのケガじゃない」
 奪い取るようにして触診する腕は、華奢だが傷ひとつなかった。骨にも異常はない。
「これ、お前のケガの痛みだ」
「え――?」
 言われた言葉の意味もわからずに、陸は呆然と自分の腕を見た。左腕はさっくり裂けていて、そこから血が流れ出していた。
 痛みはない。
 激痛は時として人の感覚を麻痺させるというが、これは違う。ケガには慣れている。これぐらいの傷なら、眉をしかめながらも普通に手当てをやってのけていた。
 陸はそっと傷口を右手で押さえる。
 血が、異様に熱かった。
「なんじゃこりゃ――!?」
「うるさい! 叫ぶ前に手当てしろ、手当て!!」
「痛くねぇ!!」
「オレが痛いんだ!!」
「なんで!?」
「知るか――!!」
 そんなこんなで、旅は始まる。
 大海陸、17歳。超健康優良児。
 暮坂要、17歳。世渡り上手。
 決して歴史には刻まれることのない二人の少年の物語が、今ゆっくりと始まろうとしていた。


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