青野さやかは校内でも目立つ女だ。
 っても、化粧が濃くてスタイルがちょっといいってだけの話でさー別に、あたしには関係ないんだけど。
「性格もいいらしいよ」
「ぶってるだけだって、そんなの」
 珍しくいっしょに帰れるのを内心喜びながらも、あたしは仏頂面をタカシに向けた。付き合ってるのに、今月に入って学校以外で会ったのは今日が初めてってどうなんだろう。
 キイキイ鳴く自転車を押すタカシは難しい顔をしてぬけるような青空を見上げる。二人乗りなら早く帰れるのに、絶対後ろに乗っけてくれないんだ、ケチだよな。
「オレ、中学いっしょだったけど大人しいタイプだと思う。高校入ってからだよ、あんな派手になったの」
「やけに詳しいじゃん」
「三年の時に同じクラスだったからなー」
 棘のある言葉にも気付かず鈍い男はそう返す。それから、小さく声をあげて前方を指差した。
「ほら、青野のカレシ」
 中学の同級生ってだけのあんたがなんでカレシまで知ってるんだっつーの。マジ不自然すぎ。
 むっとしたけど一応指差された方向を確認して――あ、って思わず声がでた。知ってる知ってる、あのキモ男!! 黒縁眼鏡にボサボサの長髪、いつも暗い顔してうつむき加減なのに、目だけは女を追ってるんだよ。
 マジキモ過ぎ。しかも、女の子向けのファッション雑誌読んでるって噂――げ、持ってるよ。
「川宮って名前だったかな。あんましゃべんないヤツだって。青野と付き合ってるなんて嘘みたいだよなぁ」
 その川宮ってヤツが持ってるファッション雑誌を凝視してると、タカシが顔を覗き込んできた。
「ユア?」
「本持ってる……」
「あれ女向けじゃん。本当、変わってるなぁ」
 そう言うレベルじゃないだろ、気持ち悪すぎるよ。メンズならまだしもレディース向けってどういう神経してるんだ? うわ、サブイボでてきた。
 川宮の姿が消えると、タカシは腕時計を確認した。あの様子じゃ今日もバイト入ってるんだなぁ。よく働く……ってか、よく働きすぎるってゆーか、彼女と金、どっちが大事なんだバカヤローとか言いたくなる。
 付き合う前からバイト三昧だったのは知ってるから、文句は言わないようにしてるけど。
「あたし銭湯行ってこよ……」
「銭湯?」
「お風呂壊れた。業者が明日しか来ないから、明るいうちに行ってくる」
「いまどき銭湯?」
「大きいのができたんだよ、知らない? サウナもあるって言うからさ」
「ウチ来て入ればいいじゃん」
「……やだよ、タカシのお姉ちゃんすっごい顔で睨んでくるんだもん」
 ブラコンに違いないタカシ姉は、たぶんあたしのことが嫌いなんだと思う。別に気にしてないけど、タカシの家には行きたくないし、お風呂なんて借りる気になれないのは確か。嫌味言われるのもムカつくけど、言われないで嫌な顔されるのもかなりストレスなんだよな。少しお金を払って快適になれるなら、少ないお小遣いがさらに減っても我慢できる。
 ……実際には、五百円でもきついとか思っちゃうくらい財布の中身が情けないんだけど。
「あたしもバイトしようかなー」
「え!? やめとけよ! すぐ首にされるって!!」
「……ムカつく」
 ボソリと口にすると、タカシが慌てた。けど、それを無視して先に歩き出し、背中越しのタカシに声をかける。
「ばいばい」
「ユア!」
「早くしないとバイト遅刻するよ」
 冗談で言ったらどうも本当だったらしく、タカシは慌てて自転車にまたがって挨拶もなく漕ぎ出した。
 ……マジムカつく。カノジョ怒ってんのにそのままで帰るか? あの無神経なとこ大っ嫌い。
 タカシが消えた十字路に舌を出して、カバンを振り回しながら家まで走って帰ったけど、仕事中の両親はまだ帰ってきてないし、兄貴や姉貴も出かけたままで鬱憤を晴らす相手もいなかった。
 なんかそれにも腹が立つ。誰かにメールを打とうかと思ったけど、下手に同情されるのも絶対イヤ。幸せなふりなんで絶対できないけど、不幸を背負って歩いてる顔だってしたくない。
 結局イライラは収まらずに思い切り柱を蹴った。
「いー……ッ!!」
 痛いのはあたしの足だ!!
 しゃがんで足をさすってると一人で怒ってるのも馬鹿馬鹿しくなってきた。靴下をめくって傷ができてないことを確認してから立ち上がる。
「風呂行こ」
 今から行けば日が沈む前には帰ってこれる。何がいるのかわからなかったけど、着替え用の下着と旅行用のシャンプーなんかの詰め合わせをカバンに突っ込んで家を出た。
 ……結果としてアレだな。
 銭湯っていい。
 家の小さな浴槽は慣れてるから落ち着くけど、広い風呂ってリラックスできていいなぁ。服脱ぐときは恥ずかしいけど、多種多様の浴槽に次々と浸かるのは実際に楽しい。
 まあ、ゲルマニウム温泉ってなによってレベルのあたしが入るのは勿体ない気もするけど。サウナの熱気もヒノキの匂いと混じってすごいことになってたけど、これはこれで楽しかったし?
 うん、まあたまには来ようかな。
 服を着ても汗が引かずに服の中に空気を送ってる最中、背後で悲鳴が聞こえた。
「すみません!!」
 背中を押されて、その反動で正面の壁に頭突きをかましたあたしは額を押さえてうめいていた。頭に星が……って、グラグラしてると、
「大丈夫ですか!?」
 ムチャクチャスレンダーな女があたしの手をどけさせて傷の確認をしてきた。……いや、本当スレンダーだな。胸がまな板のようだとか言ったら失礼だけど、本当にペタンコなのは初めて見た。
「大丈夫、ちょっとこすっただけ」
「でも、ちゃんと手当てしないと……あ、すぐ着替えるんで待っててください」
 どうやら近眼らしい。ロッカーのナンバーを間近で確認して鍵を差し込み、体をふいて服を着る。それを横目に見ながら、なんかどっかで聞いたことある声だなとあたしは首を傾げた。
 でも、見た事ないんだよな。別に記憶力は良くないほうだけど、知ってる人ならすぐわかるのに。学校の友人の中にいたかなぁ。小柄で痩せ型、顔は……どっちかって言うなら地味目、くせっ毛の女。
 うーんと唸っているうちに彼女は着替え、それから分厚いレンズの眼鏡を取り出した。ケースから出した眼鏡のレンズはすぐに真っ白になり、それを見た彼女はうわぁ、と困惑した声をあげる。でも、一応はめてみちゃうところが面白い。
「見えるの?」
 聞くと、彼女は眼鏡をずらして、
「全然見えない」
 と笑った。だろうね。でも、コントみたいによろけながら歩くのが笑えて、そのままいっしょに脱衣所を出た。
 待合室みたいなロビーで椅子に座るように指示されて大人しく待っていると、携帯電話がメール着信を知らせた。カバンをゴソゴソ探ってると目の前にコーヒー牛乳のパックが差し出されてあたしはギョッとする。
「怪我させたお詫びに」
「い、いいよ! かすり傷だし!」
「でも二本も買っちゃった。持って帰るの大変だから」
 ね? なーんて言われたら、断るわけにはいかないじゃない。実は凄く喉が渇いてたから嬉しかったんだよう、ありがとう。
 遠慮がちに手に取ったけど、ストローで一気飲みだった。
 その間に額に絆創膏が貼られて治療完了。なんか申し訳ないなぁ。
 お礼を言おうとしたら自動ドアが開くのが見て、見知った男が入ってきた。
「あ」
 キモ男だ――!!
 キモ男こと川宮は男湯めがけて歩いていったが、その途中で足を止めてこっちを見た。
 しかも近寄ってくる。何でだよ! 怖いよあんた!!
「さやか」
 身を引こうとした瞬間、川宮はそう声をかけ……ん?
 さやか?
「川宮君も銭湯?」
「ああ、駅前の本屋に行って、お前の家に行ったら先生が出かけてるって……銭湯ならそう言ってくれればいいのに」
「入れ違いだったんだよ。出るまで待ってようか?」
「いい。あとで家にもう一回寄るから。……えーっと、お友達?」
「脱衣所で怪我させちゃったの。だから治療を」
「危ないなあ。怪我、大丈夫ですか? すみません、ド近眼な上にドジなもんで」
「もー川宮君、一言余分!」
 怒ったような顔は、でも本当に怒ってるわけじゃなくて。あたしは弾む会話を耳にしながら、彼女の顔を凝視して、
「青野さやか?」
 不躾に聞いちゃったわけだ。
「え?」
「あ、同じ学校! 二組の清水ユア」
「……窪田君の彼女さんだ」
 ぽんと手を叩いて彼女――さやかが納得する。なんで知ってるんだっと思ったのがモロに顔に出たらしく、さやかが楽しそうに口を開いた。
「バイトの鬼の窪田君がメロメロになっちゃったって聞いてた。ねえ、川宮君も言ってたよね、可愛い名前の子がいるなって」
「ああ」
 さらりと返事するなー! 名前で褒められたことなんてないよ、あたしは!!
 似合わないってゆーならしょっちゅう言われるけど、褒められるのは慣れないんだって!
 一人で真っ赤になっていると、二人は短く会話して、川宮はそのまま男湯に消えていった。
 ……しかし。
 しかし、本当にタカシの言ったとおり、性格メチャいい子じゃん。あのケバイ化粧、サラサラロングヘアー、細身なのに胸があるっていう学校のスタイルは一体なんだったんだ。
「青野さんってさ……学校とイメージが全然違うね」
 素直に聞くと、さやかの頬が赤くなった。
「あれは川宮君の練習で」
「……練習?」
「私の母親がメイクアップアーティストで、川宮君、二年前に弟子入りしたいって押しかけてきたの。それで私が練習台に」
「でも、髪とか……む、胸とか」
「もともとくせっ毛だけど、川宮君の化粧だときつくなりすぎちゃって」
 ああ、確かにかなりキツイなーと、思い切り納得する。雰囲気的に、ストレートのほうがよさげな感じかも。
「で、顔だけ作っても体がこんなだとバランスが悪いからって詰めろ詰めろって……川宮君も失礼だよね」
「それは失礼だよ。青野さんに似合う化粧してあげなきゃプロになれないって」
「そう思うよね!!」
 ぱっとさやかが笑顔になった。
「川宮君、メイクは大人の女性のためのものだとか言うんだけど、ナチュラルメイクだっていいよね!?」
 よっぽど鬱憤がたまっていたのか、さやかが力説する。そして、すぐに赤くなって口ごもった。
 いやー面白い子だー。確かに無理にケバイ化粧する必要ないしな。うん、よくわかる。
 なんかそうやって意見交換してるうちに話が弾んで、携帯が二度目のメール着信を知らせて慌ててカバンを探った。
 さやかに断ってからメールを読むと、二通ともタカシからだった。バイト中にこっそり打ってきた文章は支離滅裂で何が言いたいのかさっぱりわからなかった。
 けど、ルアージュのケーキをおごるって文章は、なかなか焦っているのがわかる。
 仕方ない、許してあげるって返信して携帯をしまうと、さやかが笑顔を向けてきた。
「窪田君?」
「うん。デートの約束」
「いいなー。窪田君優しそうだし」
「へへ」
 一方的な喧嘩はいつもあたしからで、仲直りはいつもタカシから。タカシと付き合うようになって、以前より少しだけ気が長くなったって言われるようになったから、やっぱりいろいろ影響を受けているからなんだろうな。
 さやかとは家が反対方向だからそこで別れた。
 その日を境に彼女の派手メイクはナチュラルメイクに移行され、雰囲気が柔らかくなって前以上に目立つようになった。
 昔ならそれを見て文句を言ってたんだろうなぁ。ちょっと前に踏み出しただけで、こんなに感覚って変わるものなんだ。
「ユアちゃん!」
 彼女の教室の前を通り過ぎると明るい声がかけられる。
「今日ヒマ? 美味しいケーキのお店見つけたの!」
「マジ!? 行く行く!!」
「じゃ、放課後教室行くね」
「うん、待ってるー」
 最近はタカシといるよりさやかといたほうが楽しいとか言ったら、怒るかな?
 空は快晴、気分は上々。せっかくだから頑張ってるあいつに差し入れでも持っていこう。

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