「ここだけの話なんだけどさ」
 そう言って、藤原和美は声をひそめた。中学以来の友人だが、変わらず噂話が好きらしい。
 私は正直、うんざりしていた。どうせろくでもない話なのだ。
 中学校のころは、小さくてかわいらしい和美の傍にいることが嬉しかった。よく笑い、よく気がつく。その容姿と性格もあいまって、学校のアイドル的存在だった。
 だが、もうそんな年齢ではない。
 28にもなったのに、相変わらずかわいらしく振る舞われても、もうすでに不気味なだけだ。
 ――本人は気にしていないようだけど。
「でさぁ、薫ったら、告っちゃったらしいのよ!」
「妻子持ちの男に?」
「そう!!」
「客相手の恋愛はタブーじゃないの?」
 仕方なく和美の話にあわせると、とたんに目が輝きだした。
「タブーよ! ママがすごい剣幕で怒ってんのよ!! でもやっぱ、好きになっちゃうとダメなのよ。あの子ほら、昔からそうだったじゃない?」
 そうだったじゃないっていわれてもなぁ……私、小沢薫とはそんなに親しくなかったしな……。
 どう答えていいのかわからなかったので、適当にあいづちを打ってみた。
 小沢薫は和美とは何の共通点もないタイプだったが、意外にも中学時代は仲がよかった。薫はひょろながで色白で、いつもオロオロしていたような印象がある。
 その二人が駅裏のすえた店でばったり再会して、意気投合して(なぜか)ショットバーで働くようになった。
 男友達に誘われて、興味本位で行った先に同級生を発見したときには正直――
「行くとこまで行ったのね」
 と、つい本音が漏れた。なんとなくそっち方面に進む予感はしていたのだ。
 だが、やはりショックだったことは否めない。
 かわいかった和美より、もやしのようだった薫のほうがはるかに美しくなっていたのにも驚いたが。
「もぉ相手の男もさ、薫のこと本気だったみたいで、奥さんと別れるとか言い出しちゃって!!」
 いよいよエキサイトし始め、和美はこぶしを握る。
 ……う〜ん。
 場所はファミレスの一角。
 なんとなくいやな予感がしていたので、あえて角の目立たないと思われる場所を選んだのだが――。
 意味が、なかったらしい。
 入店したときの、ウエイトレスの奇妙な表情を思い出す。
 中学までは小柄でかわいかった和美は、どうも今の自分の姿をあまり認識していない。今でも昔のままのセンスで身を固めている。
 そんなアンバランスな人間が地声でなにやら妖しい話をしているのだ。
 目立つなというほうが、無理。
「あんたも気をつけなさいよ!」
 不意に言われ、ハッとした。
「なにが?」
「なにがって――」
 あきれたように和美が溜め息をつく。
 小指を立てながらストローでオレンジジュースをかき回し、言葉を続けた。
「結婚四年目でしょ? 子供もいないじゃないの。夫婦としては、やっぱ危機よ」
「なんでそうなるのよ」
「子供がいたらさ、ほら。お互いに軽はずみなこととかしにくいじゃない」
 今までの会話からは、どうにもマト外れなことを和美が言う。薫と不倫している男だって妻子持ちだって言ってるのに――
「恋愛に関係ないでしょ」
 今度は私があきれるように和美に言った。
「そうだけどさぁ……ほら、あんたの旦那さん、結構ウチの店で人気なのよ?」
「はぁ?」
 これは正直、初耳だった。結婚当初はスポーツジムに通っていた成果もあり、なかなか見ごたえがあった。二枚目タイプではないが誠実だし、ふとしたことにも気を配れる頼りになる男。
 ……ただ、なぁ。
「最近じゃ休日はいつもうちでゴロゴロして、プチデブじゃないの」
 あまりモテる人間じゃない。
「なに言ってるのよ! かわいいじゃない!! すんごいキュート!!」
 ……へぇ……キュートなんだ………。
「や、でも、浮気しないから」
「なにナマっちょろいこと言ってるのよ!?」
 地声で怒鳴られた。
 あああああ。
 見てる! ウエイトレスが怪訝そうに!! 客が珍獣を見るように!!
 ちょっと和美、大声出しすぎ――!!
 それでなくてもあんたは目立つのに!?
 のど元まで悲鳴が出掛かっていたが、何とか飲み込んだ。
 下手なことを言うと、さらに激昂して手がつけられなくなる。
「結婚してるからってあまいこと考えてんじゃないわよ!? ウチの店の子に盗られたって泣きついたって知らないわよ!?」
「いや、大丈夫だって」
 大声で怒鳴り始めた和美に、遠い目で言ってしまった。
 すごい形相だった。
 まさか歳月がこれほど残酷なものだとは――。
「何で言い切るのよ!?」
 ほとんど喧嘩腰の和美。
 ………中学のころは、本当にかわいかった。
 男の子も女の子も、その姿を見つけると思わず声をかけたくなるほど。
 そんな憧れの的を、ショットバーで見つけた。
 バーの名前は、ホモ・サピエンスという。
「ウチの旦那、正真正銘のノンケだから。男には興味ないんだ」
 藤原和美――。
 その容姿から、カズミと呼ばれがちだったが、本当はカズヨシと読む。
 彼は、ピンクハウスを着こなすいかつい男と成り果てていた。

  Back