【一】

「プレゼント、何が欲しい?」
 テレビゲームをしながら何気なく聞くと、彼女は少し驚いたように手にしている雑誌から視線をあげた。
「私の誕生日、覚えてたんだ?」
「覚えてるよ」
「……何でもいいの?」
「金ないから安いもんな」
 あらかじめ断ると不満そうな声をあげながらも彼女は苦笑した。生まれたころからよく知っているからいまさら聞く必要もないのだが、たまには希望くらい聞いてやろう――彼はそう思ってゲームオーバーと表示されたテレビを消した。ゲーム機の電源を落とし、即答がないことに小首を傾げる。
「ミナ?」
「お願いがあるんだけど」
 どこかおどけたように彼女――美奈子が笑った。冗談めかした口調は本心を隠すときの美奈子の癖だ。こういう時は本気なのだと、彼――惣平は経験上知っている。
 押し黙ると奇妙な沈黙が生まれた。不意に世界から切り離されたような感覚に襲われて、惣平は落ち着かない気分のまま立ち上がる。
 外はすでに暗かった。そろそろ美奈子を家に帰したほうがいい。
 隣同士だから夜道が危険というほどでもないのだが、一軒家に二人きりというのはさすがに居心地の悪い年齢になってきた。
 美奈子は明日、一足先に16歳になる。
 幼なじみという関係でいっしょにいるには、周りの目がうるさすぎた。
 室内の明かりをまぶしく思いながら、惣平はカーテンを閉めて美奈子に向き直った。
 彼女はまだ何かを迷うように床の一点を見詰めていた。
 いつもは呆れるぐらいうるさい女だ。急に静かになると惣平はどうしても焦ってしまう。
「なんだよ。こっちだって用意しなきゃいけないんだぞ」
 祝いの言葉とは程遠いものを口にして、惣平は彼女からの言葉を待った。
「……あのね」
 大げさなほど深く息を吸い込んで、美奈子が顔を上げる。まっすぐに向かってきた眼差しがあまりに真剣でうまく間がもたなかった。情けない自分を誤魔化すように作り笑いを浮かべて口を開く。
 しかし、惣平より先に美奈子が言葉を発した。
「付き合って欲しいの」
「……は?」
「だから、付き合って欲しいの」
「買い物? お前、すっごく時間かか……」
「彼氏になってって言ってるの!」
「あ……ああ」
 そっちか、と惣平は言葉にして、それから息を吐き出しながらしゃがみこんだ。高校入学してそろそろ周りも環境に慣れ始めてきた。それに伴って惣平のクラスにもちらほらカップルができ始めている。それは美奈子のクラスでもいえることなのだろう。
 だが、美奈子とは子供のころから恋愛話なんて一度もしたことがない。本当の兄弟のように接してきたのだ。いまさらそんな話など聞きたくもなかった。
「急になに言い出すんだよ」
 大げさに溜め息をついて眉をしかめた。そのままフローリングに腰を下ろして美奈子を睨む。
「欲しい物がないならいいよ。来年奮発する」
「冗談だと思ってるでしょ」
 図星を指されて惣平は押し黙った。着痩せするが、実は結構スタイルがいいことは知っている。中学校のころからそれはたびたび話題にのぼっていた。
 しかし、彼女を異性として認識することのなかった惣平はあまり興味がなかった。
「本気なんだけど」
 緊張するように硬い声で言われ、惣平は瞳を伏せた。
「誕生日プレゼント、それでいいのか?」
「……うん」
「わかった。じゃあお前、もう帰れ」
 突き放すように告げると美奈子が複雑な表情をする。だが、何も意見することなく彼女は荷物をまとめて部屋を出て行った。
 玄関のドアが閉まるまでじっと待ち、惣平は遠くで聞こえた音に安心するように寝転んだ。
 恋愛感情はない。
 どうせ美奈子は周りにおいていかれたくないばかりに焦っているのだろう。競う必要もないことに必死になるなんて馬鹿馬鹿しい話だと思った。
「どうせ、すぐ飽きる」
 だからそれまで付き合ってやろう。
 半ば軽い気持ちで、惣平は双眸を閉じた。


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