フィリシアは息を殺してドアに張り付く。
 耳を澄まして室内の気配をうかがい、注意深くドアを開き、その隙間に滑り込む。
「さってと……」
 ざっと室内を物色した。
 お世辞にもきれいとは言いがたい室内。どこか埃っぽくよどんだ感じのする空気。
 所狭しと置かれている箱のひとつを手に取ると、中には使い古された帽子が入っていた。
「ビンゴ」
 年代もののクローゼットを開けると、あきれるくらいドレスが詰め込んである。
「こりゃ夜会用ね」
 大きく胸と背中が開いているドレスに苦笑した。今はくすんだ色のそれらも、当時はさぞやきらびやかに紳士たちの心を奪ったに違いない。
 高価な宝石をちりばめられたドレスに内心あきれてしまう。
 ほかのクローゼットの前に立ち、フィリシアは次々と開けてゆく。
 どれもこれも、豪華な夜会用のドレスばかりがつめられている。
「――絶対、あるはずよ!!」
 侍女に聞いた。
 国王であるエディウスの母親は、北部の旧家の娘で――非常に、天真爛漫な女性であったという。
 自由気ままに生きてきた彼女が亡き王に見初みそめられて、側室としてバルトに輿入れしたと。
「そんな人が、お城でじっとしてるわけないでしょ!?」
 五つ目のクローゼットを開けたとき、フィリシアは小さくガッツポーズをした。
 質素な服が詰められたクローゼット。
 服を一着手にとって、フィリシアは小さくうなり声をあげた。
「染色もデザインも質素だけど――」
 生地は一級品だ。
 エディウスの母親は亡き国王の寵愛を一身に受けていたという。側室という立場でありながらこれほど多くの夜会用のドレスとお忍び用の服を作らせたということは、侍女から聞いた話はウソではないのだろう。
 宝石を入れるために特注したと思われる棚にちらりと視線をやって、溜め息をついた。
 亡き王は隣国から第三王女を娶った。栗色の髪に栗色の瞳をした、まだ13歳になったばかりの愛らしい少女だったそうだ。政略結婚はよくある話だ。一国の王女として生まれたのだ、彼女もそれは承知だったろう。
 だが、二人の間に御子は生まれなかった。
 数年後、亡き王は銀髪に鮮やかな蒼い眼をした目の覚めるような美女を城へと迎え入れる。
 それが、エディウスの母親。
 彼女は亡き王の寵愛をうけ、すぐに懐妊した。
 生まれたのがエディウス――第一王子である。
 亡き王は美しい二人だけをただひたすらに愛し――
 隣国へ嫁ぎ、20年余りたってようやく懐妊した正室にはあまり興味を示さなかった。
 王位は、エディウスへと継承された。
 王位を継承するにふさわしいのは、隣国の第三王女であり正室でもあった女性が産んだ皇子、アーサーがであったはずなのに。
「……なんか、残酷な話」
 アーサーの母は、心を病んでいたらしい。
 つくした夫にひどい仕打ちをされたのだ。一国の王女でありながら、正室でありながら、側室でしかない旧家の娘に総てを奪われて。
 前王が亡くなって、エディウスの母親はあっさりと祖国へ帰っていった。
 息子が王位を継承することなどどうでも言いというように。
 残されたアーサーの母親も、やはり祖国へ帰ったらしい。
 心を壊したまま。
 フィリシアはいくつか服を取り出し、そのうちの一着に視線を落とす。
「これ……かな……」
 町娘になりきるならちょうどいい。
「城を出るななんて言わなかったよね、オルグ先生?」
 フィリシアは身に着けていた上等のドレスを脱ぎ捨てた。

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