全身に痛みがはしる。
 少女は低くうめいた。体のあちこちが悲鳴をあげている。
 がさりと、不意に空間が不快な音をたてた。
「っ……」
 物音を聞きつけ、かろうじて開いた双眸そうぼうに人影が映る。
「誰……?」
 派手な服だ。
 と、朦朧とする意識で判断した。
 学園祭でさえお目にかかれない。ミュージカルでなら、見たことがある。確か舞台は、中世ヨーロッパだったはずだ。
 痛みを忘れようと、無意識にそんなことを考える。
 長く伸ばされた銀の髪に、切れ長の蒼い瞳。鼻も高い。唇は――薄いほうだろう。嫌味なほど整った美貌の男だ。
 そしてその身をつつむのは、瞳の色に合わせたのだろう美しい布に、金糸銀糸で手間ひまかけて縫いこまれた刺繍入りの服ときている。
(……どこのバカ坊ちゃま?)
 せめて救急車の手配ぐらいしてくれてもいいだろうに。
 そこまで考えて、彼女は違和感に息を潜めた。
 救急車?
 それはいったい、何をするものだったろう。
 学園祭。
 とても思い出深いはずのそれさえも、いまの彼女にはただの単語としてしか認知することができなかった。
「ここは……どこ……? 私は……」
 柔らかい風が頬をなでる。視界の端で青々とした草が踊り、密林と表現するのがふさわしいような木々の葉を揺らす。
 少女の体を優しくつつんだ風は、彼女を見下ろしていた男のもとでふと掻き消えた。
 半ばうつぶせるように倒れている少女。本来ならさぞ美しいであろう長い黒髪は無残に乱れ、黒瞳は激痛のためにすがめられている。
 奇妙な、「異国」のにおいを漂わせる服を身にまとい、死のふちを彷徨う娘。
「なぜ、お前が生きている――?」
 半ば呆然と男はつぶやく。
 深い水底を連想させずにはいられない見事な蒼い瞳は、ひどく困惑していた。

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