どうも。サカモト リョーマです。
始めに言っておけば土佐藩の坂本竜馬とはちっとも関係がないから、そこんとこよろしく。
美大を卒業して、絵を描いていくことで少しずつ、金になるような生活を送ってる。
とは言えやっぱりアルバイトと縁は切れない。貧乏とも縁が切れない。
…むなしい。
紅葉の季節がやって来た。
赤に黄、金、茶、枯れた緑に鮮やかなオレンジ。
絵を描くための道具一式脇にかかえて、少し離れた公園にやって来た。芝生の広い、木がたくさんある公園。
俺の絵が欲しい、という金持ちっぽいオッサンが現れて、そいつのために絵を描くことになった。
だから今日、こうしてここにいる。秋めいた枯れた芝生の匂いがする。
…あーあっと。
だいたい、この話はあんまり乗り気がしなかった。
そりゃぁ、金は欲しい。
でも俺は描きたいものを描いて、たまに小っさな個展をやってみたり、本の表紙や物語の挿絵を描いたりするのが好きなわけ。
俺の絵が欲しいなら、適当な本でも買ってろっつーの。
それでも、この仕事を引き受けた理由は、俺の本能が叫んだから。
引き受けろ、やれ、お前はこの仕事をやらなきゃいけない、って。なんでかわかんないけどね。
「…何かが足りない。」
俺は今しがた描き上げた絵を見て唸った。
そう、何かが足りない。
赤く燃える山の木々。
金茶にきらめく落ち葉たち。
紫、オレンジ、黄、緑。風が葉を揺らして歌を歌う。秋が来ましたよ、と。
俺は絵は睨みながらまた唸った。何が足りないのかはよくわかってる。
ただ、この絵に足りないんじゃなくて俺に足りないものだ。
俺に足りないのは桜色。透明な桃色だ。
木の下に座って、どっしりとしたあの幹に咲き誇る桜を描きたい。
今、俺は無性に桜が描きたくてたまらなかった。描きてぇ。だけど、今は秋。季節感溢れない芸術家だなとか思う。
「桜なんてあるわけねーじゃん…。」
ごろんと芝生に寝転んだとたん、何か目の端に求めた色が写った。
慌てて起き上がる。
「……今、俺、見たよね?」
思わず口に出してそう言っていた。
見た、絶対見た。捜し求めた桜色を。
すばやく辺りを見回したけど、もう視界にはなかった。
「…。」
勘違いか。失笑してもう一度寝転んだ。と、また目の端に求めた色が写る。
また慌てて起き上がる。今、絶対、見た。
…だけどやっぱり視界にはない。
「わけわからん。」
ボソリと呟いて頭を掻いた。疲れているんだろうか、それとも求めすぎたから見える幻覚か。
もう一度寝転ぼうとして、やっと俺は気づいた。ゆっくり体を倒したときだけ見える、木々の間の桃色の点。
体を起こしたときは見えない、桃色の点がむこうの方に小さく。
「見えた!」
がばっと立ち上がると大声で叫んだ。
まわりにいた休日を楽しむ家族やカップルやご老人が不審そうな目でこっちを見たけど俺は気にしない。
描いた絵と、筆と、鞄と、全部ひっつかんで駆け出した。桃色が見えた方向に。
あれは、絶対桜だ。走れるだけのスピードで俺は走った。
さっき見えた桃色は、公園の本当の本当に端っこの方にあった。
さくら、さくら… |
ああ、と思わずため息が漏れる。
なんて美しいんだろう、と。
陽に透ける薄い桜色。心の奥の、深い深い春の色。
風に揺られてふわりと花びらが舞った。おいでおいでをするように風の中で花びらが踊っている。
自分の抱えていた荷物を全部木の根元に下ろして、俺は描き出した。
桜の木を。
赤く染まったの山の木々も、さまざまな色に変わった落ち葉も、風が伝える秋の調べも、何も要らない。
描けるだけ描いた、その桜。
気づいたときには既に日が暮れていて、人の気配も消えていた。
真っ暗な公園の隅っこに、大きな桜の木がただ立っていて、俺はその根元に座っていた。
夜桜。まさかこんな季節にお目にかかれるとは思ってもいなかった。
「何で咲いてるんだろうなー…こんな時期に。」
ぽつりと漏らしたその言葉に、返事があった。
「狂い咲きって言うんです。」
「狂い咲き?」
「ええ。狂おしいくらいに咲き誇って…」
「俺も。」
「え?」
「狂おしいくらい長い時間、君を待ってた。」
「それはうちも同じです。」
桜の幹の後ろから顔をだした彼女は以前とちっとも変わっていない。
「あなたに会いたくて、会いたくて……」
そう言って彼女は綺麗に笑った。
もう何も要らない。
「綺麗でしょう?」
「うん。すっげー綺麗。」
咲き誇る、秋の桜の下で、俺は彼女を抱きしめた。