序章


 薄暗い室内で母がヒステリックに笑っている。
 とうとう壊れてしまったのかと、少女はぼんやりと考えていた。
 細く白い腕が大きく振り回されてテーブルにぶつかる。
 テーブルの上にあったグラスが床に落ち、派手な音を立てて砕けた。その音は、嫌いではない。
 昔からよく聞く音だ。
 物の壊れる音。
 取り返しのつかないことを報せる音。
「明日よ!」
 母は、狂ったように叫んだ。
「鬼が来る!!」
 小さなアパートの一室で、母は悲鳴のような声で叫んでいた。
 朝霧あさぎり神無かんな、十五歳最後の夜。
 彼女は壊れたように笑い続ける母をぼんやりと見詰めながら、世界の終焉を願っていた。

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