序章
薄暗い室内で母がヒステリックに笑っている。
とうとう壊れてしまったのかと、少女はぼんやりと考えていた。
細く白い腕が大きく振り回されてテーブルにぶつかる。
テーブルの上にあったグラスが床に落ち、派手な音を立てて砕けた。その音は、嫌いではない。
昔からよく聞く音だ。
物の壊れる音。
取り返しのつかないことを報せる音。
「明日よ!」
母は、狂ったように叫んだ。
「鬼が来る!!」
小さなアパートの一室で、母は悲鳴のような声で叫んでいた。
彼女は壊れたように笑い続ける母をぼんやりと見詰めながら、世界の終焉を願っていた。