act.1 始まり


「急げ!!」
 少年が声を張り上げる。
 時刻は8時30分。もうすぐ予鈴がなる。
「体力しか自信がないんなら、さっさとこげ!!」
「うるせぇ! 乗ってるだけのヤツがわめくな!!」
「人の自転車壊しといて偉そうな口たたくな!!」
 耳元で大絶叫。
 ちなみに、自転車をこいでいる短髪のいかにもスポーツマンといった雰囲気の浅黒い少年は、大海陸おおみりくという。物心ついたころにこの名前のバランスの悪さに気付き、大泣きしたのははるか過去の話。
 自転車の荷台に位置する場所に座っているのは、どちらかというなら細身の少年。部類で言うなら陸とは違い、美少年とランク付けされるタイプで、名は暮坂要くれさかかなめ。頭の回転の速さと要領のよさは、自他共に認める折り紙付である。
 隣同士で誕生日も一日違いともなると、もう幼馴染としか呼びようがなく、非常にバランスの悪い二人だが、気付いたら高校まで同じところに通う有様だ。
「だいたい、お前が寝坊するのがワリィ!!」
「コンタクトがうまく入らなかったんだよ!!」
「めがねにしちまえ秀才君!! きゃ〜要様がダサメガネ〜って、みんな大騒ぎ……」
 後頭部を思いっきり殴られた。
「ってぇなぁ!」
「出てくるのがちょっと遅かったからって、自転車蹴り飛ばして破壊するような大馬鹿ヤローにはこのくらいで十分だ!」
 そんなこんなで、現在に至る。
 それなりに成長しつつある高校二年生が、ママチャリに乗って大喧嘩。人通りの少ない道ではあるが、近所迷惑であるのには変わりない。
 自転車は陸橋りっきょうに差し掛かっていた。さすがに上り坂はきつく、スピードが落ちた。
「オレは無遅刻無欠席の皆勤賞狙ってたんだよ! さっさとこげ!!」
「オレだって狙って――」
 陸が怒鳴りながら後ろを振り返ると、二人を乗せたママチャリがよろよろとバランスを失う。
「馬鹿、前見ろ、前――!!」
 要が悲鳴のような声をあげた。
 陸橋といっても、そこは確か三年後に新しくするとか言われているとても古いところで。柵なんて、木の杭が打ち付けてあってロープが張られているようなお粗末なつくり。
 しかもその柵、途中で腐ってしまって木がないところなんかある始末で――
「ウソだろぉ!?」
 少年たちは自転車もろとも、まるで吸い寄せられるかのようにその魔のスポットへ突っ込んでいった。


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