最近、毎日同じことをしている気がする。
毎日毎日、こりもせず。
「フィリシア〜」
これ以上ないほど間抜けた声で泣き黒子の男が走ってくる。本人は甘えているようだが、甘えられているほうとしては迷惑この上ない。
「来るな――!!」
振り向きざまに叫んで、フィリシアは廊下を走りだした。セルファの後ろには、顔を浅黒く変色させたガイゼがいる。またしても何かをやらかしたらしい。
城内だと言うのに、ガイゼは剣を片手にものすごい勢いでセルファを追いかけている。そのセルファがフィリシアに助けを求めて、当然巻き込まれたくないフィリシアは例のごとく走り出すのだ。
「……恒例行事」
すでに見飽きてしまったように、アーサーが溜め息をつく。
「どう思う、あの男」
だるそうに廊下のスミに座り込んで、アーサーが誰に聞くでもなくつぶやいた。
「今のところ不審な動きは」
短く答えた低い声に、少年は小さな溜め息を返す。この時期に王宮に来ると言うことは、必ず何らかの裏がある。その裏の一部は、フィリシアと考えて間違いないだろう。
つくづく色々なことに巻き込まれる少女だと、アーサーは半ば感心していた。
自分のおかれた境遇に悩まなくなったのはいいことだが、その代償が見知らぬ恋人との追いかけっこと言うのはさすがにちょっと
捕まってかばったりなんかしたら、無事でなどいられないだろう。
フィリシアは人目も気にせず全力で走っている。最近ずいぶん軽装だとは思ったが、セルファ対策であったらしい。
忙しく歩き回る人々をよけ、彼女は小さく声をあげた。
前方からエディウスが歩いてきている。
「エディ!!」
舞姫は何を思ったのか家臣に囲まれている国王めがけてまっすぐ走り出した。家臣たちがぎょっとして足をとめる。
無理もない。フィリシアの後ろにはセルファが、さらにその後ろには親衛隊総長のガイゼがいるのだ。しかもその手には彼に合わせて作られた、通常よりもひとまわり大きな剣が握られていた。
フィリシアは状況の飲み込めていないだろうエディウスの腕を掴むや否や、
「行くわよ!!」
の言葉とともに、家臣に囲まれていた国王を拉致した。
「え――!?」
家臣たちが唖然と二人を見送る。拉致された本人も何が起こったのかわかってはいないだろうが、家臣たちも状況を飲み込めていなかったに違いない。
「待ってよ、フィリシア〜」
「待つのは貴様だ!!」
懇願と罵声が目の前を通り過ぎた後、彼らはようやくハッとした。
「こ、国王!!」
「エディウス王!?」
「お待ちください!!」
10人以上いた家臣たちも、この奇妙な追いかけっこに参加する気らしい。慌てたように方向を変え、ぞろぞろと歩き出した。
「お〜い、急がないと見失うよ〜?」
アーサーが面白そうに声をかけると、男たちはお互いの顔を見合わせて走り出した。
「いや本当、楽しそう」
唖然とするメイドや兵士たちの顔も、これがなかなか見ものである。
フィリシア、セルファ、ガイゼの追いかけっこなら日常茶飯事となりつつあるが、国王が巻き込まれたのは初めてだ。しかもその家臣までもが一緒となると、滑稽すぎて笑うしかない。
「いいな。オレも巻き込まれちゃおっかな」
「王子!!」
パッと立ち上がったアーサーに、シャドーが動揺して声をあげた。
「――ダメ?」
「……で、できれば」
アーサーが視線を近くの窓へと向けた。そこには、黒装束の男が半分身を乗り出すようにこちらを見ていた。
いつもは沈着冷静な男だ。人前に姿を見せるのは必要最小限。常に影からアーサーを守護する優秀な護衛である。王が親衛隊に守られるように、彼にも彼だけを守る者がいる。
それがシャドー。
本当の名も素性さえも知れない、しかし誰よりも信頼のおける男。
「わかったよ」
アーサーの言葉を聞いて、ホッとシャドーが胸をなでおろした。
「裏庭行って本でも読んでる」
「申し訳ありません」
「いいよ。――大切な時期だ、無茶はしない」
アーサーの視線の先には、老医師がいた。王族のみを診る宮廷医と呼ばれる男。白衣を着たその姿は、ずいぶん小さく見えた。
オルグ医師はアーサーを見詰めて、深く
「そっか……」
ポツリとつぶやいて、少年は黒装束の男に視線を戻す。
心配そうに見詰めてくる男に笑いかけて、彼は小声で言った。
「シャドー、目立ってる」
「――!!」
バッと、シャドーが隠れた。それでも、人々の好奇の視線は窓へと集中している。王子を守る影≠目にすることは、王宮にいても難しいのだ。
しばらくメイドたちの噂話のネタにされるだろう。
アーサーは小さく笑った。
そしてゆっくりとオルグの元へ足を運ばせる。
「――夜会の準備を」
アーサーの言葉に、オルグは一瞬言葉に詰まる。
彼は少年の顔を凝視して、重々しく頷いた。
「御意に」