「詩を君に」


 色とりどりのスポットライトが光のダンスを踊っている。
 身にしみるような寒さが漂う外に対して、ホールの中ではサウナのような熱気が漂っていた。

 人口密度の異常に高いこのホールで皆の視線を集めるのはたった一人の天使。たった一人の少年。
 天使が紡ぐのは天界の調べ。やさしい声がうたを紡ぎ、人々はそれに酔いしれる。

 その詩に集う人々の反応は多種多様である。
 歓声をあげて自らの存在を必死にアピールする人。感激のあまりただただ瞬きもせずにひたすらステージを見上げる人。興奮のあまり顔を真っ赤にさせている人。

 彼の魅力はその詩だけではない。
 遠くから見ても分かるほど整った顔。
 少年と呼べるような少し幼さの残る顔――17歳という年齢を考えると――だが、そこには軟弱で頼りない、というイメージは皆無といって良いほど見事なまでに存在しない。
 それはやはり強い意志の篭る漆黒の瞳のせいだろう。特上の黒真珠の輝きをもつそれは一度見たらなかなか忘れる事が出来ない。目を閉じれば自然とその目を思い出せる、それほど印象の強い目なのだ。目に焼きついて離れない。
 光を反射する軽く波打った少し色の抜けた髪にすっと通った鼻筋。白く透き通る真珠のような肌。
 芸術に通じる者ならば一度は彼を手がけてみたいと思うだろう。彼の持つ完璧な容姿はまさに神の作った芸術品のようであった。


 「羽泉うい・・・。」
 そう小さく彼を呼ぶ声は彼に届くことなく大きな歓声に遮られる。いつもなら嬉しく思うはずの歓声も今日に限っては疎ましい限りだった。

 彼がこの数多くの人の中から私を見つけてくれるかが最後の賭けだった。



 音羽おとは
 ごめん。仕事入った。今日も会えない  羽泉



 ライブの帰り、ため息をつきながら折りたたみ式の携帯電話を片手でパカッと閉じる。
 メールの受信ボックス、“カレ”の欄では同じ内容のメールが大半を占めている。
 携帯を開く時、いつもにじみ出てくる不安に胸がつぶれそうになる。意思に反して零れ落ちてくる涙が頬を伝う。
 いつもの事だと私に言い聞かせるのももう限界にきていた。

 東条 羽泉といえばいまや日本で知らないものはいないのではないかと言うほど有名なアーティストだ。
 美しい外見もさながら、彼の本当の魅力は歌だと私は思う。
 高くもなく、だからといって低いとも言い難い中性的な声。少年のような少女のような甘く心地よい声は自然と耳に残る。
 ライブも10万人ライブでさえチケットが足りなくなるくらい、だそうだ。私はあまりそちらの方の知識に明るくないからどんなにすごい事かも分からないのだけれど。ごめんね、と謝ると、そんな音羽が好きなんだよ?と優しく笑ってくれたけれど・・・。


 ふいに聞きなれた、でも懐かしい声が聞こえてくる。ふ、とテレビに目を向けると羽泉が優しい笑顔を浮かべて笑っていた。

 心が凍る。

 あの笑顔は私だけに向けられるものではないのだと。
 ――あの笑顔を他の人になんて見せないで。
   お願い。私だけを見て・・・。
 そう叫びたくなるような衝動を必死で押さえつける。
 羽泉はやさしいから・・・。私の存在を決して他の人には言わない。あの人は何処までも優しい人だから。だから私の事なんて誰も知らない。
 だって羽泉は自分の為に人が傷つくのを恐れている人だから。

 テレビでなんて見たくないの。
 貴方に触れていたいの。
 会いたい。会いたい。

 「会いたい・・・」

 気付くと勝手に口からこぼれ出ていた言葉。
 「・・・口にだすと余計に会いたくなるって本当だね」
 自嘲気味に呟く私の言葉を聞く者も聞いた者も誰もいない。
 そっと胸に手をあてて息を吐く。

 本当の貴方を見たいから。そう思って、テレビを消そうとする。

 「この歌は、僕の一番大事な人へ捧げる詩です」
 はっとテレビを見ると羽泉がさっきまでとは違う、本当に見るものを幸せにするような微笑を浮かべていた。



 気付けば最後まで詩を聞いていた。涙が止まらない。
 この気持ちをなんと表現すればいいのだろうか?心の奥が熱い。

「ねぇ・・・?聞いている?愛しい君へ・・・」




沙羅様著 『詩を君に』完




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