『ドルトワイス海上訓練校設立の経緯』
ドルトワイス海上訓練校の校舎があるのはノーゼンバーグである。もともと漁業が盛んな町で、ドルトワイス氏が漁業用にと買い付けた船が購入予定の三十倍の規模だった、というのがことのはじまりだった。
「ドルトワイス様、こちらに受け取りのサインを」
届いた船を確認するためウキウキと船着場に向かったドルトワイス氏は、見上げるほど大きな船を前に茫然とし、差し出された書類とそれを持ってにこやかに微笑む男を順に見た。
「……漁船を、頼んだんだが」
「はい。それで、ドルトワイス様がこの船をお選びになり、わたくしどもは驚いた次第で」
「……漁船を」
「改造費はかかりますが、これなら相当です」
氏はなにがどう相当なのかはよくわからなかったものの、どうりで高かったはずだと間違った意味で納得しながら受領のサインをし、男と硬い握手に加えて熱い抱擁までして船の持ち主となった。
船は、豪華客船と呼ばれる種類である。しかも、貴族御用達レベルだ。
「なにを! お買いあそばされたんです!!」
まあこれはこれでいいんじゃないか、氏はそう思って奥方に報告した。最新設備の整った漁船が届くと思って疑わなかった奥方は、豪華客船を見て腰を抜かし、馬鹿だの役立たずだののろまな浪費家だのとさんざん氏をなじった。
「返しておしまいなさい!!」
「それがな、契約書に返品は不可だと」
「誰かほしがる人に売っておしまい!」
「船旅は危険だから、客船の買い手がつくかどうか」
「こ、こんな無駄遣いをして……!! いくら遺産を受け継いで裕福だとしても、わたくしは認めませんわ!!」
金切り声で言い捨てて、奥方は荷物をまとめて田舎へ引っ込んでしまった。
氏はさすがに困り果てた。気に入らないことがあるとすぐに田舎の別荘へこもってしまう奥方の機嫌を取るには、その問題を解決せねばならなかったのだ。これに失敗するとさらに彼女の機嫌が悪くなり、ますます厄介になる。
彼は三日三晩寝ずに考え、もうすぐ正式に海軍が設立されることを思い出し、これ幸いと客船を訓練船に改造することにした。
かかった年月は実に三年である。
できあがった訓練船は無駄に華美で、しかも金が異常なほどかかっていた。
通常の料金では船の維持すら危ういと考えた氏は、迷うことなく入校料、受講料、食費諸経費を高額設定した。当時、広告を担当した印刷会社は、金額が二桁ほど間違っていないか何度も氏に問い合わせたらしい。しかし、氏はこれでいいとそのたびに答え、刷り上った広告に満足し、景気よくばらまいてしまったのである。
豪華客船が生まれ変わったという朗報を聞き田舎から戻ってきた奥方は、氏の行動に烈火のごとく怒った。
「そんな船に乗る者がいるとお思いなの!? 船を買ったならまだしも、こんなにお金をかけて、い、遺産が、も、もうほとんどない……っ」
あまりのことに奥方はその場で卒倒した。氏は遺産を使い果たしたばかりか借金までしてしまったのである。寝込んだ奥方はベッドの中で夜逃げの夢ばかり見ていたらしい。
しかし意外なことに、入校希望者がぽつぽつと現れた。
貴族である。
徴兵令に従って子どもたちを国に預ければ、銃の扱いを軽く教えただけで戦地へ送られてしまう。下手な部隊に配属されれば最後、意気揚々と出て行った息子の死亡通達が、軍務についた翌日に届くこともあった。大金を払って徴兵をまぬがれることも可能だが、そうすると今度は子どもたちを無駄な家督争いに巻き込んでしまう。それなら訓練校に入れ、海兵にして国のために働かせよう、という魂胆だ。できたばかりの海軍なら、うまく昇進すれば地位に箔がつく。自慢になるし、鼻も高い。海軍と口にするだけで色めき立つような時代であった。
こうしてドルトワイス海上訓練校は意外な経路で軌道に乗った。
今ではアドゥワイゼン屈指の海上訓練校――格式を重んじる名門校として、その名を世界に轟かせている。