『微熱に惑わされ、とりあえずじゃれつく二人。』
船という限られた空間には逃げ場がない。
なにかが流行るとすぐに船内がそれ一色で満たされる。今回は風邪だ。誰が発端であるかは未確認。先日訪れた定期連絡線の乗組員だったのかもしれない。
「……そこ」
ライハルトはまっすぐ指をさす。頬を紅潮させ、うるんだ瞳をさまよわせながらキースの頭を抱きしめるエダを。
「離れろ」
「いや!」
エダはぶんぶん首を振って、可愛らしい――貧相、とも言う――胸にきゅっとキースの顔を押しつけるように抱きしめている。本人、それがどういう状況なのかわかっていないのは間違いなかった。こん、と咳をする彼女は、高熱で若干正気ではなかったのである。
しかし、熱に浮かされているのは彼女だけではない。
「エダ」
「かわいいわ!!」
「……エダ」
「かわいいの――!!」
どうやら真っ赤になってへばっているキースのことがいたくお気に召したらしい。その男は身長百八十センチを超える男だぞ、しかもどう贔屓目に見ても死にかけてるではないか、と、ライハルトは胸中で突っ込みつつエダに手を差し出した。
「そっちは離して私にしなさい」
ちなみに彼も高熱のため、やや思考が明後日の方向に流れていた。そいつを抱くくらいなら自分にしておけ、遠まわしにそう言っているのだ。
「いや! キースがいいの!!」
ぐったりしたキースを抱きしめ、エダは力いっぱい拒絶する。ライハルトは差し出した手をニギニギと動かし、むうっと顔をしかめた。これがエダには気に入らない。彼女はいっそうキースを抱きしめ、断固としてライハルトに反抗した。
その姿はまるで、ヒナを守る親鳥のようだ。
「おーい、変に修羅場ってるそこの三人ー」
唐突に声がかかる。覇気のないかすれた声は、ぼそぼそと続いた。
「ここ治療室ねー。センセーも熱出てるのねー。いい子だからセンセーが寝込まないうちに治療させてくれないかなー?」
おかしなやりとりを遠巻きに眺める白衣の男が、机に伏せながらなんとか顔だけを彼らに向けておいでおいでと手招きをする。
「聞いてるかな、君たちー?」
ワグナーの声は充分に聞こえているが、キースを抱きしめるエダの姿は納得いかない。ライハルトはいっこうに離れようとしない二人の周りをよろよろと歩き回り、いったん医務室の奥に引っ込み、すぐに毛布を手にして彼らのもとに戻った。
そして、毛布を勢いよく広げてキースごとエダを抱き包み、大きく一つ頷く。
これでいい、とライハルトは納得する。
奇妙極まりない格好で落ち着いてしまった三人を見て、ワグナーはべったりと机に張り付いた。
後日この三人、しばらくまともに互いの顔が見られなかったらしい。