『現れた強敵』

 教室へ移動し、ざわめく室内を一通り見渡す。
 部屋ごとに行われる授業が違うのは当然なのだが、ルティアナ号が際だって珍しい点は、その授業を訓練生たちが選択できるということだ。専攻によってこの授業の組み合わせも自分たちで考えていかなければならない。
 必然的に、訓練生たちは早々に指針を決める必要が出てくる。
 セシルはすでに書類を提出している。しかし、もしかしたらもっと適した学科があるのではないかと思い始めてしまい、考えあぐねている最中だった。
「専攻誤ると単位取り損ねそうだ……」
 ちなみに単位を取り損ねると、同じように単位を取り損ねた訓練生を十人集めて申請しなければ試験さえ受けさせてもらえなかった。これが協調性の訓練であることを知るのはまだ先の話になるわけで、そんなことなどつゆほども考えないセシルは憂鬱な顔で机の中から教科書を取り出した。
「あ、セシルも受けるんだ。隣、いい?」
 声をかけ、返事も待たずに腰かけたのはマイラである。周りが一瞬ざわめき、ことごとく彼女に注目する――当然の反応だろう。艶やかな黒髪に印象的なアイスブルーの瞳、長いまつげに筋の通った高めの鼻梁、ふっくらした唇、それらが見事な調和で並んでいるのだ。兄のライハルトも美形だが、妹のマイラは誰が見ても口をそろえて美少女だと表現する容姿だ。細身だがスタイルのよさは一見しただけでわかり、常に人目を惹く。
 不思議なのは、彼女にまったくその自覚がないという点だった。本人はその美貌をひけらかすことなく、ごく普通に振る舞い、割合に気さくな性格だった。
 しかし、彼女がいくら「普通」であっても、周りはそういうわけにはいかない。
 セシルもなんとなく身構えて彼女を見る。
「この授業、受けるんだ?」
「うん。必須科目選択のひとつに入ってて、世界史のほうが楽しそうだったから」
 マイラは机から教科書を引っ張り出しながら言葉を続けた。
「ちょっと訊きたいことがあったんだけど」
「……なに?」
「エダのこと、どう思ってるの?」
 直球だ。あまりに不躾な質問にセシルは絶句し、それからそっと室内を見渡した。マイラの登場ににわかに沸き立っていた教室内はすっかりもとのざわめきを取り戻している。セシルはじっと答えを待つ美少女に向き直った。
「大切な……仲間だと思ってるけど」
「それだけ? そんなこと言って、実は特別な相手だと思ってましたとか言い出したら許さないわよ」
 満面の笑みで語るマイラにセシルはぎくりとした。言われた内容に驚いたのもあるが、彼女が見せたその表情は予想外に真剣そのもので、二の句が継げなくなってしまったのである。
 やや間をあけて、セシルは口を開いた。
「ど……どうして、そんなこと」
「だって、エダには誰よりも幸せになってもらいたいから」
「……それって」
「大好きな人には幸せになってもらいたいでしょ? 今のところ、兄さま以上にエダを幸せにしてくれそうな人っていないのよね。セシルもいい線まで行くかなって思ったんだけど、いい線止まりじゃ意味がないから」
 とてつもなく一方的な意見だ。
「もしエダが好きで、ずっと一緒にいたいって思ってるなら、もっといい男になってもらわないと全然お話にならないわ。だから、その確認」
 微笑むその姿はやはり可憐で、可憐であるがゆえに妙に引っかかる。
「……マイラって、……エダのことが好きなんだね……」
「ええ、もちろん。私が男だったら、兄さまにも渡さなかったかも」
「……そう」
 きっぱりと言い放つマイラにセシルは言葉もない。
 これはどうやら、一筋縄ではいかないようだ。どこか楽しげに教科書を開く美少女を見て、セシルは肩を落とす。
 ライハルトは容姿のみならず、成績は飛びぬけ、運動神経も抜群であるらしい。実際にどれほどなのかはわからないが、彼にまつわる噂はマイナスを見つけることのほうが難しかった。まさかそんなはずはないだろう、そう思っていたが、こんな妹がいれば、あの噂も誇張とは考えづらくなってくる。
 間近に難関が一つ。
 セシルはそっと頭をかかえた。

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