『彼が全裸になった訳』
自分には癖がないと思っていても、人は意外に多くの癖を持っている。たとえば、階段は右足から、嫌いな人を見ると眉をひそめる、笑うときに口を手で隠す、考え事をしている時の仕草――こういった何気ない行動も、厳密に言えば癖の一種だ。
しかし、癖というより性癖と言ったほうがしっくりする類のものもある。
エダにとって、彼が毎日おこなっていることは、間違いなく「性癖」に分類された。
「ライ兄さま」
自習室のひとつに籠もってペンを握っていたライハルトは、突然の来訪に戸惑っているようだった。つられて動揺してしまわないよう、毅然と彼を見つめてエダは言葉を続けた。
「折り入って相談したいことが――いえ、相談じゃなくて、提案」
提案というのは変だ、立場上「命令」が適しているかもしれない。しかし、年上の男性に向かって「命令」はしづらく、エダは小さく咳払いしてからまっすぐ見つめ返してくるライハルトに向かって口を開いた。
「寝室では服を着たほうがいいと思うの。何度も言うようだけど、不測の事態が起こったら恥をかくのは兄さまなのよ?」
根性で雑念を振り払い、冷静を装って告げると、ライハルトはまたその話しか、とでも言うように溜息をついた。
「お前も騙されたと思って一度裸で寝てみろ」
「ど、どうしてそういう話になるんですか!」
「気持ちいい」
「もうその発言はやめてください――!!」
真っ赤になってエダは絶叫した。からかっているなら怒ることもできるが、ライハルトは至極真面目に「提案」していきているのだ。実にたちが悪い。侍女に着替えを手伝ってもらうことが日常であったエダだが、同性相手でさえ裸を見られることには抵抗があった。ましてやその格好で数時間も過ごすなど、気持ちいいどころか気が休まる時間がないのではないかと思える。
「だいたい、なんで裸で寝るんですか!! 一年生のときは共同の部屋だったんでしょ!? あんな狭いところで裸になって!」
「その頃は部屋着を着ていたが」
「じゃあどうして!?」
一人部屋が確保できたから脱いだのか、そう思ったら、ライハルトはしみじみとこう言った。
「二年のときの同室が、一度裸で寝てみろと熱心に勧めてきたんだ。あまりにしつこいから仕方なくそうしたら、意外に開放的で楽だった」
どうやら誰かに入れ知恵されてしまったらしい。
「ただ問題だったのは、その男、よく寝ぼけて私のベッドへ入ってきた点だな。何度も注意したんだが、まったく改善されなかった」
「に、兄さま…そ、それは……っ」
「べたべたとくっついてくるし、非常に寝苦しかった」
「……っ」
同室ということは、当然ながら同性だったのだろう。その相手が脱ぐように勧めて、ベッドに忍び込んでくっついてきたら――普通は、寝苦しいという感想より先に、貞操の危機を覚えるはずだ。誰がどう考えても明らかにおかしい。
けれどライハルトはさして気にとめた様子もなかった。
彼は見目が美しく、幼少の頃は天使、そして今は神々のもたらした芸術と賛辞する者もいるほどの容姿である。同性を虜にしたことも充分に考えられた。
エダは戯れる男たちを想像して顔を引きつらせる。あまりにも形容しがたい光景だ。
「そ、その方とはどうなったんですか……?」
エダが恐る恐る訊くと、ライハルトはアイスブルーの目をすがめ、
「同室になった一週間後、私を庇って大怪我を負った。命に別状はなかったが、徴兵を免除されるほどの後遺症が残って今は田舎で静養している。ときどき会いたいと手紙が届く。これだ」
長テーブルの上に置かれた手紙をひらひらと振ってみせたライハルトにエダは絶句した。相手の男は一年以上手紙を送り続けいるらしい。ほんの一瞬「好き」という文字が見え、軽いめまいを覚える。
「ルティアナ号に乗っている限りは会いに行けないと毎回返事を出してるんだが」
そこまで思われていても彼はその好意にまったく気づいていないようで、怪訝な顔をしながらひたすら首をかしげていた。
「……兄さま」
「なんだ?」
「ご、ご無事でなによりでした……」
もう他の言葉が出てこなかった。
着衣させるのは無理だと悟ったエダは、肩を落として部屋を後にした。