※パラレルワールド、心理描写は三巻状態でお届けします※
『 vs -バーサス- 』
校内放送が終わるとともに、生徒たちがいっせいに席を立った。
口にするのは「面倒臭い」だの「だるい」だのという覇気のない言葉だが、誰も彼もが意外にもおとなしくドアへ向かっている。
珍しく教室にいた華鬼は生徒たちの姿を見送ってから視線をめぐらせ、人波が途絶えた直後にひょっこりと室内を覗き込んできた教師に眉をひそめた。彼はぐるりと教室を見渡し、華鬼に目を留めるなり非難するような表情になる。普段なら考えられない行動だ。彼はドアに手をかけてぐっと身を乗り出すようにして口を開いた。
「木籐、外へ出ろ。合同練習だ」
自由気ままに学園生活を楽しんできた華鬼は、命令されることに慣れていない。教師の一言にすぐさま不快をあらわにし――けれど、視界の端に見慣れた少女の姿が映るなり、無意識に立ち上がった。
はっと正気に戻った時にはもう遅い。
華鬼が素直に従ったのだと判断した教師は安堵して廊下を歩き出した。なんとなく面白くない華鬼はそのまま椅子に腰かけ直そうとし、ちらと校庭へ視線を投げる。着々と増えていく生徒の中で華鬼がとらえるのはいつもたった一人の少女で、つい先刻視界をかすめたのもやはり彼女の姿だった。
お陰でいらぬ誤解を招いてしまって気分が悪い。
学校行事に参加してやる義理はない、そう思っていた華鬼は、苛々しながらもどこかで時間を潰そうと足を踏み出した。しかし、不安げにあたりを見渡す少女の姿を見てしまうとひどく落ち着かない。
苛立ちに拍車がかかった気もしたが、彼はむっつりと口を引き結んで教室をあとにした。
教師に従ってやる気はない、ただ校庭へ出たい気分だった、そう自分に言い聞かせて他の生徒たちに交じって階段を下りる。ざわめきとともに移動する彼らは、華鬼が学校行事に参加していることに、これといって驚くそぶりはなかった。そのお陰か華鬼の中でくすぶりはじめた苛立ちもすぐに収まって、校庭へ出る頃にはずいぶんと落ち着いていた。
「それじゃあ男女ペアになって大きな輪を作って――」
朝礼台にのぼった教師はマイク片手にそんな指示を出している。校内放送を上の空で聞いていた華鬼は、所在なくさまよっていた視線を慌てて朝礼台の上に固定した。
教師は高らかと言葉を続けた。
「指相撲の練習を」
なぜ。
と、華鬼は教師の言葉に胸中でつっこんだ。
なぜ指相撲をするんだ。別に男女じゃなくてもいいじゃないか。否、そもそも外に出る必要があるのか、合同練習とは一体なにに向けての練習であるのか。
疑問符で満たされた思考をかかえていた華鬼は、それでも周りが次々と目当ての相手に出会って手を繋ぐ――正確には指相撲の体勢を取る――のを見て妙に慌てながらごく当然のように神無を捜していた。しかし、行き交う人込みに目をこらしても彼女の姿はない。気配から校庭にいるのはわかるのに、どうしても見つからない。
華鬼は落ち着きなく視線をさまよわせ、そして次の瞬間には大きく目を見開いた。
校庭の片隅で神無がたたずんでいる。
くわえて、その彼女に話しかける男の姿があった。
神無に声をかけるのは三翼だとなんの疑いもなく思った華鬼は、思いもよらない相手を見上げて頬を染める彼女に動転した。
神無が手を伸ばした先にいたのは貢国一である。
彼は驚いたように目を瞬き、何事かを訴える神無に少しだけ困った顔で微笑みかけて手を伸ばした。
触れた指先が弾かれるように引っ込められ、互いにハッとして顔を見合わせ、すぐにその顔が笑みに崩れる。それはまるで照れ隠しのような、一見すれば微笑ましい光景だ。頬を染めた神無が改めて手を伸ばすと、国一が優しげな笑みを浮かべてその手に己の手を重ねた。
華鬼はそんな光景をただ茫然と見つめていた。
まるで恋人にするように指を絡め合う二人の姿――誰かが口を挟むすきなどない光景に、得体の知れない怒りを覚える。視線を交わす彼らに向かい、華鬼は大きく足を踏み出した。
問答無用で二人を引きはがそうとした彼は、背後から手を握られてぎょっと振り返る。
「華鬼一人? 一人なら僕と指相撲する?」
「男の方があぶれとるらしいからなぁ。俺も一人なんやけど?」
「おや、奇遇ですね。私も一人ですよ」
気づけば水羽が右手を、光晴が左手を、麗二が両肩を、それぞれ背後から掴んでいた。華鬼は後ろから引っぱる彼らを刹那に睨み、すぐに視線を正面に戻す。指相撲とはまったく無縁の様子で手を取り合った神無と国一は、すでに二人だけの世界に突入して周りには目もくれなかった。
非常にまずい気がする。
あのまま放置したら、最悪の事態になるのではないかという予感が不安とともに胸中を満たす。
華鬼は狼狽えた。
「放せ」
掴まれた手を振り払おうと声を荒げ――そして、自分の声に驚いて、彼はとっさに“目を開けた”。
一瞬、なにが起こったのかよくわからなかった。
目の前にはざわめきに満たされた校庭の代わりに薄闇が広がり、耳には小さなうめき声が届く。彼はとっさに目を閉じ、直後に開き、改めてあたりを見渡してそこが職員宿舎別棟の寝室であることを確認して一気に脱力した。
聞き慣れた秒針に溜息が漏れる。
首をねじって時計を見ると、深夜三時を示している。
どうやらずいぶんとタチの悪い夢を見ていたらしい。
「……どうして指相撲なんだ」
思わず夢の中と同じ文句を口にした彼は、己の手に加わる力に気づいて視線を移動させた。そして、腕の中で寝入っている神無にしっかりと手を握られていることを知る。さほど握力がないから痛みを感じるほどではないが、おかしな夢を見た原因は、どうやらこれにあるらしい。
不覚にも苦笑した彼は、あいた片手を彼女の手にそっと重ねた。
難しく眉根を寄せる彼女は、先刻の彼同様に奇妙な夢を見ているようである。
夢の中、なにかと戦っているのかもしれない。
耳に届くかすかなうなり声に華鬼の苦笑が深くなる。
「神無」
いっこうにゆるまない手をさすり、髪を撫で、深く胸に抱き込んで耳元でそっと名を呼ぶ。ゆるりと押し寄せてくる眠気に意識を持っていかれないように目を開けてみるものの、耳に届く寝息に誘われるように思考が揺らぐ。
いつの間にかうなり声が消え、神無の顔から険が取れていく。
華鬼はそっと神無の頬を撫でた。
今、どんな夢を見ているのだろう。
同じものが見られたら、そばに行き、そして――。
肝心な言葉をつむぐ手前、彼の思考はぷつりと途切れた。
そうして寝室には寝息が二つ、穏やかに重なって溶けていった。
=了=
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